繊維・アパレル企業と価値創造 ―サステナブルな社会に向けた新しい事業づくりとブランディングのヒント―
繊維リサイクル 身近なサステナビリティ 企業×サステナビリティ
私たちの生活に身近な衣服を扱う繊維・アパレル業界は、消費者の購買行動の変化や温室効果ガス排出削減への取り組み強化など、さまざまな課題に直面しています。そのような中で注目され、国も推奨しているのが「サステナブルファッション」への取り組みです。
今回は繊維・アパレル業界を取り巻く環境について整理しつつ、企業として「サステナブルファッション」に取り組むときのポイントについて考えてみました。
市場の変化と消費者意識の変化
少子高齢化や慢性的な不景気で進む市場規模縮小
総務省の統計によると、日本の人口は2008年をピークに減り続けています。また収入のうち自由に使えるものを意味する可処分所得も、どの世代でも2000年前後から減少傾向にあります。その背景には非正規雇用労働者の増加や社会保険料の負担増などがあると考えられます。
日本の繊維・アパレル業界の市場規模は、この20年間については約9~10兆円で推移していますが、今後はこれらの要因が日本の製造業全体の市場に影響を及ぼすことが懸念されています。
国境を越えるサプライチェーン
戦後の復興期や高度経済成長期の日本経済を支えた繊維・アパレル産業は、バブル崩壊、さらに景気低迷期を迎えると商品も低価格路線が主流となり、労働者の賃金が安い国での生産体制へと移行する企業が増えました。
一方で、海外に目を向ければ、経済成長にともなう賃金高騰、発展途上国で繰り広げられる児童労働、染色による環境破壊や健康被害など新しい課題にも直面しています。加えて、新型コロナウイルスの感染拡大にともなうサプライチェーンの寸断は、国境を越えた生産体制の脆弱さを浮き彫りにしました。
EC市場拡大と購買行動の変化
デジタル化の進展にともなって、インターネットを用いて店舗以外で消費者が衣服を購入する手段として、EC(Electronic Commerce:電子商取引)が注目されています。 市場規模は年々拡大しており、経済産業省の令和3年度「電子商取引に関する市場調査」によると、「衣類・服装雑貨等」の市場規模(BtoC-EC)とEC化率が、2019年は1兆9,100億円(EC化率:13.87%)、2020年は2兆2,203億円(同:16.25%)、2021年は2兆4,279億円(同:21.15%)と、拡大傾向を示しています。特に新型コロナウイルスの感染が拡大した後にEC化率が一気に増加しました。
EC市場は場所や営業時間に縛られることなく運営できる利便性や、人件費の削減、人手不足対策の側面からも今後はさらに拡大していくとみられます。そのため店頭の在庫削減に繋がる可能性がある一方、消費者は商品の価格比較を簡単におこなうことができ、価格競争が起こりやすいでしょう。結果として、エコデザインに対し価値を訴求しにくい環境にもなるかもしれません。
消費者は「新たな価値観」を求める時代に
昨今は消費者が「コト消費*」や「新たな価値観」を求めるようになっています。可処分所得の減少や長く続く経済不況は消費者の購買行動を控えさせていることが理由の1つとして挙げられます。また、安価かつ良質な商品が市場にあふれている今、消費者の「物を買う」という意欲が比較的簡単に満たされやすくなっている可能性もあります。そのため、大量生産・大量供給をしていた時代から、成熟した市場と多様な価値観を前提とした販売戦略が求められているのかもしれません。
*コト消費…商品の所有に対してより、娯楽性や体験性、商品にまつわる物語性などに価値を求める消費行動。
こうした時代において、マーケティングの観点から重要とされているのが「体験」や「共感」など、消費者の感覚に訴える価値の提供です。消費者は商品の購入以外にも、たとえば接客態度や着心地、アフターフォローなどの顧客体験をもとに総合的に評価します。さらに、商品に関するストーリー性や企業の社会貢献活動など、さまざまな切り口で商品・企業に対する共感を生み出し、伝えることも大切です。
(※こちらの記事では、「繊維・アパレル業界」が置かれている現状、また様々な視点から見える課題などを解説しています。ぜひご覧ください。)

広がる環境意識と企業としての対応
では、消費者と企業の新たな関係づくりに向けて必要なものとは何なのでしょうか?
消費者が衣類の購入時に重視していること
消費者は衣類を購入する際に、どのようなことを重視しているかを明らかにした調査があります。 環境省が2021年7月に行った「『サステナブルファッション』に関する消費者意識調査」によると、価格(79.1%)、デザイン(70.0%)、着回しのしやすさ(49.9%)などが上位となりました。それに対し、「環境や人・社会に配慮した製法や素材を使っているかどうか」(1.7%)、「リサイクルやリメイクがしやすいかどうか」(0.5%)などの結果が出ているのも事実です。
一方で、昨今の社会的な環境意識の高まりを受けて、国は「人・社会・地域・環境に配慮した消費行動」、すなわち倫理的消費(エシカル消費)の普及啓発をおこなっています。これは、消費者自身が社会的課題の解決について考え、そうした課題に取り組む事業者を応援する意識とともに消費活動を行うことを推奨するものです。
上記のような国による啓蒙活動によって、今後は消費者の環境問題への意識が変わっていく可能性があります。
SDGsやESGと繊維・アパレル業界
サステナブルな社会への意識が広がるきっかけのひとつになったのは、2015年の国連サミットにおいて全会一致で採択されたSDGs(持続可能な開発目標)でしょう。 2023年は、2015年の提唱から目標年である2030年のちょうど中間となることから、政府も対策強化に乗り出し、「SDGsアクションプラン2023」を策定しました。重点事項には「地球:人類の未来への貢献」として気候変動対策や循環型社会、環境保全などへの取り組みが挙げられています。
また、投資家の視点からも企業の社会貢献活動に注目が集まっています。環境(Environment)・社会(Social)・企業統治(Governance)の頭文字を取るESG投資は、企業が持続可能な経営をしていくために、これらの要素を経営に組み込む必要があることを示しています。このように、業種を越えて社会課題への取り組みをおこなうことは企業にとって不可欠な要素となりつつあり、環境負荷の大きい産業といわれている繊維・アパレル産業 においても避けては通れない課題です。
(※ESG投資とはどのような投資なのか、今なぜ注目されているのか、メリットやデメリットなどを解説します。ぜひご覧ください。)

進む環境問題への対応とジレンマ
繊維・アパレル業界では、廃棄物を減らすことで環境負荷を軽減するという取り組みが強化されています。 以前から進められてきた3R(Reduce(減らす)、Reuse(再利用)、Recycle(リサイクル))の推進はもちろん、店頭回収や商品の再利用の促進、また使用済みのペットボトルを活用した「繊維リサイクル」や、繊維から繊維へのリサイクルなどの研究も進められています。
(※「繊維リサイクル」について、東京大学の平尾教授に「循環型社会作りにおける衣服特有の課題」についてインタビュー形式でお話を伺いました。)

しかしこうした取り組みが主流になった場合は商品の大量生産、および大量消費からの脱却により、産業の縮小化を招く可能性があるともいえます。さらに「コスト」という観点から見ると、回収・選別・リサイクルには費用が発生するため、企業の収益に少なからず影響を及ぼすかもしれません。 このようなことを踏まえた上で、企業が自社の商品価値やイメージを維持・向上させつつサステナブルな経営を維持していくためには、どのような戦略が考えられるのでしょうか。 次章では、「サステナブルな経営」について分かりやすく解説します。
(※以下の記事では、サステナビリティに関する現状と課題、さらには企業が取り組むべき理由までを解説し、実際の事例も紹介しています。)

持続可能な繊維・アパレル業界の未来とは
繊維・アパレル業界にとってのサステナブルな経営とは、具体的にどのようなものなのでしょうか。
サステナブルな繊維・アパレル業界の未来とは
消費者が「コト消費*」や「新たな価値観」を求めるようになってきた時代、そして社会課題への対応を迫られる時代において、企業は市場や消費者の意識変化にどのように対応していけばよいのでしょうか。そのヒントは、サステナブルな取り組み、サーキュラー(循環型)エコノミーへの対応にあるのかもしれません。
*コト消費…商品の所有に対してより、娯楽性や体験性、商品にまつわる物語性などに価値を求める消費行動。
環境省が2021年に発表したレポート「SUSTAINABLE FASHION これからのファッションを持続可能に」では、「大量生産・大量消費・大量廃棄という現代の社会システム」を180度変えられるのが「サステナブルファッション(Sustainable Fashion)」だと紹介しています。 そして、この取り組みは「生産する企業側、また利用する消費者側のそれぞれが努力をすることにより可能となる」としています。
(※こちらはサーキュラーエコノミーとはどのような概念か、基礎知識を解説した記事です。)

企業が取り組むべきこと
まず企業側が取り組むべきこととしては、環境配慮設計、つまり「商品のライフサイクル全体を通して環境負荷が少なくなるような設計を施すこと」が挙げられています。具体的には、以下のようなものです。
- 環境に優しい素材選びから製造工程での廃棄量削減、商品の長寿命化
- リサイクルやリユースをしやすくする原材料の明示(トレーサビリティといいます。)
- 使用済み商品の回収や輸送、加工のシステム化 など
このような取り組みを通し、現在の「大量生産・大量消費・大量廃棄」から「適量生産・適量購入・循環利用」の仕組みを構築するのが狙いです。 その際には、消費者の購買行動を予測することで需要を把握し、それに合わせた製造計画の立案や受注生産がしやすくなる観点から「デジタル技術の活用」が役に立つといわれています。
消費者が取り組むべきこと
消費者側としては、手持ちの衣服を出来る限り長く着続け、ときには補修や修繕をすれば、衣服の廃棄量を減らすことへと繋がります。また、シェアリングやレンタルサービスの活用も有効です。最近は衣料品のサブスクリプション(定期的に料金を支払い、サービスを利用する仕組み)サービスも増えてきました。こうした取り組みは、新たなファッションの楽しみ方として若い世代を中心に広がりを見せています。
企業はサスティナブルファッション導入の検討を
国内のアパレル小売市場の規模は新型コロナウイルスの感染拡大にともない、 縮小傾向が見られました。矢野経済研究所が2022年に公表した「国内アパレル市場に関する調査」を参考にみてみましょう。(参照:矢野経済研究所「国内アパレル市場に関する調査」)国内アパレル総小売市場規模を、コロナ禍の3年(2019年~2021年)とコロナ禍前の2年(2016年~2018年)で比較すると、売上総額は約13%減少していました。また、株式会社ローランド・ベルガーが2022年に公表したレポート「Withコロナ時代のアパレル市場の展望」では、2021年から2023年のアパレル小売市場規模の予測値は各年とも微増で、ほぼ横ばいとなっています。
その中で、いかに社会のトレンドや消費者意識を取り込み、自社のビジネスモデルを変革していけるかが、今後の生き残りの鍵を握るかもしれません。 そのとき企業と消費者の両社にとって共通の課題である「環境負荷」、その負荷軽減を実現する「サステナブルファッション」は、企業が注目すべき取り組みのひとつといえるのではないでしょうか。 具体例としてはさまざまな対応がありますが例えば、環境配慮設計(エコデザイン)や適量生産のためのシステムづくり、また価格に頼らない新しい価値の創造などが挙げられます。
(※「サステナブルファッション」について詳しく知りたい方は、下記の解説記事をぜひご覧ください。「サステナブルファッション」の概要から、注目されるようになった背景、また国内外における取り組みまで詳しく解説しています。)

世界全体が直面する環境の課題に対して自社ができることを考え、消費者を巻き込みながらビジネスモデル化していくことは、新しい可能性を拓くとともに自社のブランディングにもつながります。そして、これはまさに企業と消費者がともに価値を生み出す「体験」や「共感」の取り組みそのものでもあるといえそうです。
まとめ
繊維・アパレル業界は、環境負荷軽減への取り組み強化など、さまざまな課題に直面しています。そうした中で注目される取り組み、サステナブルファッションをご紹介しました。
環境への配慮、適量供給、リユースなど、サステナブルな社会の実現に向けた挑戦が進む中で、自社ができることを考え実践していくことが、消費者との関係づくり、そして差別化につながるのではないでしょうか。

株式会社RePEaT 技術統轄CTO。日揮ホールディングスサステナビリティ協創オフィスで資源循環ビジネスプログラムマネージャーを務め、RePEaT社の立ち上げに関わる。同社設立時に技術統括CTOに就任し、現在は主に社外との技術的協議を担当している。
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