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バイオものづくりの鍵となる微生物開発のポイントとは?|バッカス・バイオイノベーション開発者インタビュー

バイオものづくり
目次

2030年には世界で約200兆円規模になると予測されている「バイオものづくり」市場の覇権を握るべく、技術開発競争が加速しています。

微生物の代謝の仕組みを利用する「バイオものづくり」では、まず微生物が目的物質を効率的に生産するように微生物を改変する微生物育種をおこない、次にその微生物をプラントで大量培養して工業生産レベルまで引き上げます。そのため、「バイオものづくり」の実現のためには、微生物開発を効率的におこなう仕組みが必要となります。

そこで今、「バイオものづくり」の産業化を支える微生物開発プラットフォームとして注目を集めているのが「バイオファウンドリ🄬」です。(バイオファウンドリの詳しい説明についてはこちらの記事をご覧ください)

今回の記事では、国内初のバイオファウンドリとして2020年3月に設立された株式会社バッカス・バイオイノベーションのバイオファウンドリサービス統括マネジャー 竹中武藏氏に、微生物開発のポイントや協業による商用化への取り組み、今後の展望を聞きました。

「バイオものづくり」には幅広い技術分野の知見が必要とされている

私は今、バイオの仕事をしていますが、実は大学に入った時に興味を持っていたのは有機化学でした。ですが大学で色々と勉強していくうちに、「微生物のものづくりでは、微生物の中で有機反応を起こすことができる」ということを知り、次第に興味を持つようになりました。そして、世界的にまだそれほど進展していなかった、この最先端の分野に挑戦したいという思いもあり、「バイオものづくり」の道に進むことにしました。

博士号を取った後は、4年ほどポスドク*1 として近藤先生*2 の研究室で、細胞内の様々な代謝反応を丸ごとシミュレーションする技術開発や、そのシミュレーションの結果を活用して実際に微生物を改変・評価する研究をしていました。大学での研究は非常に重要なものですし、充実した日々を送っていましたが、同時に、この研究を社会に出していくには大学では限界がある、ということも感じていました。ちょうどその頃、バッカスを設立*3 する話があり、ここであれば「研究開発を社会に出していく」という挑戦ができるのではないかと思い、入社を決めました。
*1 博士号取得後に就く任期付きの研究職
*2 神戸大学副学長の近藤昭彦教授。先端バイオ工学分野において国内の第一人者として知られる。
*3 神戸大学から、その研究成果である先端バイオテクノロジー関連の知的財産権および人材をパッケージとして広義の技術移転を受け、2020年3月に設立された。

当社は2020年の春に20数名でスタートしましたが、毎年人材を増やしており、3年目となる今年の春には50人に迫る規模になりました。後から加わったメンバーは、以前ほかの企業で働いていたキャリア採用の方がほとんどで、技術的なバックグラウンドは極めてバラエティに富んでいます。

微生物の代謝を利用したものづくりは、生き物の設計の基本であるDNAがRNAになり、RNAがタンパク質になり、タンパク質(酵素)が働いて化学反応をおこすというステップを踏みます。

DNAがどれくらいタンパク質になるかというのは分子生物学の領域ですが、そのタンパク質がどう働くかというところはまた別の学問の領域になりますし、酵素によってどのような化学反応が起きるかというところでは有機化学、塩基配列をどのようにして改変するのかというところでは分子生物学の知識が必要になります。さらに、DNAの解析や、微生物の画像解析といったところでは機械学習の知識が役に立ちます。「タンパク質という構造の中で何が起きているか」をシミュレーションする時には、タンパク質の知識と機械学習の知識の両方が必要になるからです。さらに、培養タンクのなかで攪拌翼が回る際にどういった力が働き、熱が発生するのかといったところは、機械工学や物理学の範囲になります。

このように、「バイオものづくり」を進めるには、本当に幅広い技術知識が必要になるので、我々は今まさに、バイオだけでなく、有機化学や物理学、機械学習など、本当に色々な分野の技術者が集まって、バイオものづくりに取り組んでいます。

微生物のポテンシャルを上げる要素とは?

我々がおこなっている「微生物育種」は、簡単に言えば「微生物の遺伝子を改良し、目的物質をつくるようにポテンシャルを高めていくこと」です。

微生物のポテンシャルを左右する要素は、温度や圧力、栄養源など色々ありますが、やはり最も影響が大きいのが、生き物の設計図であるDNAをどう書き換えていくかという「ゲノム改変」の部分ですね。

微生物によるものづくりは、

① つくらせたい目的物質に合わせて微生物の遺伝子を改良して代謝経路を変え、
② それが環境によって影響を受け、
③ その結果として目的物質が手に入る

というステップでおこなわれています。そして、ここで得られた結果をAIに学習させ、より良い設計につなげるため、DBTL*サイクルで微生物の能力を引き出しています。
* Design:遺伝子設計、Build:微生物作成、Test:生産物質評価、Learn:学習予測

DBTLサイクルの詳しい説明はこちらをご覧ください。
(内部リンク:バイオファウンドリとは?)

DBTLサイクルの概要
(出典:NEDO「スマートセルプロジェクト」)

微生物の代謝モデルはまだまだ完全には研究し尽くされておらず、いろいろなモデルが提案されているという状態です。代表的なモデルもありますが、それぞれに強み・弱みがありますので、どのモデルを組み合わせてシミュレーションに取り入れていくか、というところも一つの腕の見せどころになってきます。

微生物の培養では、最初は1つだったものが一定時間ごとに分裂して指数関数的に増えていき、頭打ちになり減っていくという流れをとります。菌体数が一番増えている段階で目的物質をつくり出せる場合もあれば、菌体数が頭打ちになって「成長はしないけれど細胞のなかで何かしらの代謝反応が起きている」という状態で目的物質をつくった方が良い場合もあります。

成長のフェーズによって、つくらせる目的物質が違う場合もありますし、微生物の種類によって、成長スピードも違います。このように、微生物によるものづくりは本当にケースバイケースですから、つくりたい目的物質や、使用する微生物の種類によって成長段階を見極めた調整も必要です。

人間が単独で行動する時と集団で行動する時では振る舞いが変わるように、微生物も周囲の微生物の質や状態によってDNAの働き方が変わることがあります。その点も意識して、微生物のDNAをどう変えていくかを考えています。

なるべく1種類の微生物でものづくりをする方が良いですが、複数の微生物を一度に培養してものづくりをするという方向性もあり得ます。例えば人間の腸内では様々な菌が働いて体の健康を支えているように、生き物にはもともと複数の菌が共存して働く仕組みが備わっているからです。けれども、その方法については、まだ基礎研究レベルでも分かっていないことが沢山あるため、これからのチャレンジになるでしょうね。

「バイオものづくり」の難しさ・面白さとは

「バイオものづくり」には、生き物を相手にしている難しさがあります。触媒と違い、生き物の中では色々な反応が起こりますし、微生物が生きていくために必要なエネルギー源を与えながら、目的物質をつくらせないといけません。この調整が実に大変なのです。

ですが、全く目的物質をつくらなかった微生物から、目標を超える量の目的物質が検出された時には、「この複雑な仕組みを制御してやったぞ!」という大きな達成感と喜びがあります。これが「バイオものづくり」ならではの面白さでもありますね。

私は入社時から、数千以上の素反応からなる微生物代謝をコンピュータ上でシミュレーションして、どう改変すればよいのか設計する技術開発を進めております。その設計を起点として、微生物のゲノム改変や遺伝子組換えを実施するBuild、培養・評価するTestをそれぞれ担うチームがありますが、目的物質をたくさん作る微生物を生み出すためには、それぞれの専門性をうまく協調することが必要となり、その協調を生み出すことが私の今の仕事です。

コンピュータの活用は起点でもあるため重要ですが、その能力には限界があります。生き物の動きの全てを計算しつくすことはできません。その部分は多少諦めながら、一部をシミュレーションに置き換えて解を出し、現実的なところに落とし込んでいくわけです。いかに計算リソースをうまく使いながら良い解を出すか、というバランスのとり方が一番難しいところですね。

プラント建設会社と連携し、スケールアップの実現を目指す

「統合型バイオファウンドリ🄬」のイメージ
(出典:日揮ホールディングス「拡大するバイオモノづくりに向けた「統合型バイオファウンドリ🄬」事業を共同で推進」)

我々がおこなっている微生物育種は、簡単に言えば「微生物の遺伝子を改変し、目的物質をつくるようにポテンシャルを高めていく」作業です。「バイオものづくり」を産業化するためには、生産プロセスの開発をおこない、微生物が研究室と同等のポテンシャルを発揮できるようなプラント設備をつくる必要があります。

この春スタートした「CO2からの微生物による直接ポリマー合成技術開発」プロジェクト*では、プロセス開発のスペシャリストである日揮HDと一緒に「統合型バイオファウンドリ®」を構築し、スケールアップに取り組んでいけるので、心強く思っています。
* GI基金で採択された「CO2からの微生物による直接ポリマー合成技術開発」プロジェクトのこと。カネカ、バッカス・バイオイノベーション、日揮HD、島津製作所の4社がアライアンスを組み、2030年度までにCO2を原料とするガス発酵バイオファウンドリの確立、バイオポリマー生産微生物等の開発・改良、CO2を原料に物質生産できる微生物等による製造技術等の開発・実証を目指す。

CO2を微生物の栄養源にしてものづくりをする今回のようなケースでは、「微生物のガスの取り込み」というところが一番重要なポイントになると思います。微生物をガスで培養するという取り組みは、世界でもまだほとんどおこなわれていませんが、これから競争が激しくなっていく分野だと思っています。

まず我々の方では、二酸化炭素・水素・酸素の混合気を効率よく取り込んでものづくりをする微生物を開発する。そして、日揮HDはスケールアップのために安全で高効率な設備を開発する。もちろん、微生物をつくり、設備をつくっただけでは、スケールアップは成功しません。我々は微生物のミクロの視点で見て、日揮HDにはマクロの視点で見ていただきながら、議論を重ねてともに課題を乗り越えていきたいですね。

世界では今、アメリカや中国を筆頭にEU諸国も微生物開発に本格的に力を入れ始め、技術開発競争が加速しています。日本の産業をしっかりと盛り上げていくという意味でも、今回のプロジェクトをぜひとも実現したいと思っています。

「バイオものづくり」の社会実装に向けて

ありがたいことに、非常に幅広い産業分野の企業様から「バイオものづくりに挑戦したい」というご相談をいただいており、「バイオものづくり」の産業化への強い期待をひしひしと感じています。エネルギー業界・素材業界の企業様からは、「石油原料からバイオ由来原料への転換」というところで、食品業界の企業様からは、「発酵生産の効率をもっともっと高めたい」というところでお声掛けをいただくことが多いですね。

一方で、「バイオモノづくり」が社会に浸透しているかといえば、決してそうではありません。「バイオものづくり」をいかに浸透させていくか――、これが我々の一番の課題です。浸透を促進するためには、「お客様に最終商品を見せること」が一番重要なポイントになりますが、我々一社では工場の設備投資までは難しいというのが正直なところです。そこで、「バイオものづくり」に挑戦したいという企業様と連携させていただきながら、「社会にものを出す」ところまでしっかりと実現していきたいと考えています。

今のままでの微生物ではつくれないものでも、微生物を改造することでつくれるようになるものが、世の中にはたくさんあります。そうしたものをどんどん世の中に送り出していきたいですし、将来的には「私達の周りにバイオものづくりの製品が溢れ、バイオ製品であることを意識せずに、みんなが当たり前のように使っている」という社会になっていたら嬉しいですね。

まとめ

今回は、国内バイオモノづくりの第一線で活躍する研究者の方にお話をお伺いしました。

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サステナビリティハブ編集部
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