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新たな産業革命への期待が高まるバイオものづくりとは?

バイオものづくり
目次

18世紀後半の産業革命に始まり今にいたるまで、工業生産は人類に大きな恵みをもたらしてきました。ところが、その限界が明らかになりつつあります。現状の生産法には原材料枯渇や温暖化ガス排出などの問題があるため、持続可能性に疑問符がつくようになってきたためです。 

そこで注目されているのが「バイオものづくり」です。最先端の科学の力を活用し、生物の持つ能力を引き出してさまざまな物質生産をおこなうこの技術は、新たな産業革命を起こす可能性を秘めています。 

今回は、“バイオものづくり”とは何なのか、「バイオものづくり」が注目に至った背景、市場予測と各国の取り組みについてご紹介します。

生命の力をものづくりに活かす「バイオものづくり」 

微生物

バイオものづくりとは、生物の生きる力を活用し、物質を生産する手法です

実はバイオものづくりは、最近新たに開発された技術ではありません。人類は、大昔から世界各地でバイオものづくりをおこなってきました。その典型が、酒や醤油・納豆など、微生物の力を活用してつくられる「発酵食品」です。 

ただし、これまでのバイオものづくりは、あくまでも”微生物まかせ”のものづくりでした。人間ができるのは、長年の経験に基づいて、微生物ができるだけものづくりをしやすくなる環境を整備するところまで。「微生物の能力そのもの」に手を加えることはできないため、ほんのわずかな量をつくるために多くの素材や手間ひまが必要だったり、できたものの品質がその時々によって異なったり・・・といった弱点がありました。 

この従来の手法に、最先端のサイエンスの知見を取り入れて、微生物の能力を改変して高めるようにしたのが、現代のバイオものづくりです。遺伝子技術を使ってDNAレベルで生命活動をコントロールすれば、細胞の生命維持活動の際に排出される物質を人工的に増やすことができますし、あるいはまったく新たな物質生産、つまり欲しい物だけを作らせることも可能です。 

バイオものづくりのメリット

バイオものづくりは、化学合成と異なり高温や高圧プロセスが不要で、常温・常圧プロセスで実施できます。そのため石油を燃料として高温・高圧環境を整える必要がなく、CO2排出量の削減が期待できま

また欲しいものを狙って多く作り出すことや、化学合成では作り出せない特殊な構造を持つ物質を生産することも可能です。

このようなメリットを持つバイオものづくりは、すでに商業化フェーズへの展開が始まっています。 たとえば微生物を活用した生分解性プラスチックの生産が実用化されています。このプラスチックは海水中でも自然分解されるため、海洋マイクロプラスチック問題の解決にもつながります。生産に使われる水素細菌の餌としてCO2を活用できる可能性もあり、実現すれば従来の石油を原料とするプラスチック生産に比べ、環境に与えるダメージが少なくなります。 

ほかにもこれまで工業的な化学合成では生産できなかった抗マラリア剤の効率的な大量生産や、細くて高強度なクモの糸特有のタンパク質の人工合成も実用化レベルに到達しています。 

生物の能力を活用し、求める物質を効率よく生産するバイオものづくりは、新たな産業革命につながる生産方法として期待されています。 

急速な成長予測、世界が期待するマーケット

バイオものづくりが急速に進歩した理由 

バイオものづくりの概念図(出典:新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「植物等の生物を用いた高機能品生産技術の開発」
※事業期間:2016年度~2021年度) 

バイオものづくりはいま、関連技術の革新も相まって急速に進歩しています。特に影響を与えたのが、デジタルテクノロジーの発展です。バイオとデジタル、2つのテクノロジーの融合により、生物の設計図であるゲノム(遺伝子情報)の膨大な情報を高速解析できるようになりました。得られた遺伝子情報をバイオテクノロジーで編集し、狙い通りに物質をつくる細胞「スマートセル」の開発が進められています。 

バイオものづくりの市場規模

バイオものづくりの市場規模予測グラフ(出典:経済産業省「バイオテクノロジーが拓く『第五次産業革命』」) バイオものづくりが開拓する新たな産業領域「バイオエコノミー」は、マーケットとしての可能性を秘めています。たとえばOECD(経済協力機構)は、バイオエコノミーの世界市場を2030年に約200兆円まで成長すると試算しています。これは2030年のOECD加盟国の推計GDPの2.7%に相当する額ですが、試算からはバイオ燃料などが除外されているため、実際の経済効果はさらに大きくなると考えられています。 

アメリカは2022年に、今後10年以内に世界製造業の3分の1がバイオものづくりに置き換えられ、その市場規模は約4,000兆円に達すると分析しています。日本国内では、従来の発酵・醸造技術を含めて広義のバイオ産業として捉えると、2019年の時点でその市場規模は57兆円との調査結果があります。さらに、今後5年の年平均成長率は6.8%と予測されています。

環境問題、資源問題の解決につながるバイオものづくりには、世界中から期待が寄せられています。 

バイオエコノミーでは日本が世界をリードするとの期待も

アメリカ・中国は巨額の投資を実施

バイオものづくりには、すでに世界各国が競って力を入れています。アメリカでは、今後20年以内にプラスチックの9割をバイオマス由来に置き換えることを目標とし、その支援策として5年間で10億ドル円をバイオ技術の社会実装に向けた開発に投じることを発表しています。また、中国も2022年に発表した第14次5カ年計画で、2035年までに世界最先端のバイオエコノミー国家を目指すと発表しています。 

日本も各種政策によりバイオものづくりを推進 

一方で以前から高度な発酵・醸造技術を培ってきた日本にとっても、バイオものづくりは強い競争力を発揮できる産業領域だといえます。この優位性を活かすために日本政府は2019年に「バイオ戦略2019」を策定、バイオものづくりのバリューチェーン構築を目指し「バイオコミュニティの形成」に向けた取り組みをスタートしました。この取り組みでは、産官学が連携し、バイオものづくりの技術イノベーション、社会実装の推進や人材育成を担う「グローバルバイオコミュニティ」を関東圏・関西圏に整備し、バイオに関連した人材・投資を呼び込み、市場に製品・サービスを供給する拠点づくりを目標としています。 

2020年度には、具体的な施策を含む「バイオ戦略2020」を策定、同年に策定された「2050年カーボンニュートラルに伴うグリーン戦略」においても、バイオ燃料とバイオマス由来の化学製品を、カーボンリサイクル産業の中核に位置づけました。 

そして2022年に岸田内閣が発表した「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」では、「バイオものづくり」が重点投資先として示され、グリーンイノベーション基金(GI基金)による「バイオものづくり技術によるCO2原料を直接原料としたカーボンリサイクルの推進」プロジェクト、2022年度の補正予算で「革命推進事業」として「未利用資源を使用したバイオものづくり」への支援等が発表されました。こうした流れの中で、国内の「バイオものづくり」への取り組みは、ますます加速していくことが予測されています。 

日本におけるバイオものづくりの課題 

石油資源に恵まれない日本にとって、石油を必要としないバイオものづくりは新たなチャンスですが、サステナブルなバイオものづくりを継続的に続けていくためには、たとえば現状では廃棄されている未利用原料(古着、廃パルプ、廃油など)を回収し、ものづくりへとつなぐ仕組みを構築し、消費者からの理解を得て実践していく必要があります。またバイオ由来製品が市場で評価され、消費者が進んで購入するような機運の醸成も必要です。

これらの課題をクリアできれば、日本の未来像が変わるかもしれません。新たな産業革命の主役として、日本が再びものづくり大国となれる可能性も出てきます。 

まとめ

今回は、新たな産業革命として期待を寄せているバイオものづくりの定義、市場予測、日本も含めた世界各国の挑戦について解説をしました。皆さまの参考になれば幸いです。 

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大渕 貴之|Takayuki Ohbuchi
日揮ホールディングス株式会社 サステナビリティ協創オフィス
大渕 貴之|Takayuki Ohbuchi

大阪府出身。大阪府立大(現・大阪公立大)農学生命科学研究科修了。製紙メーカーにて木質バイオマスを用いた素材開発に約20年従事。2021年、縁あって日揮HD・サステナビリティ協創オフィスに転職。バイオものづくりの社会実装を加速するための技術開発に携わっている。技術士(生物工学)保有。

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