「バイオものづくりが世界の産業を変える!」神戸大学 近藤昭彦教授インタビュー
目次
世界では今、微生物の力でものをつくる「バイオものづくり」への期待が高まっています。この背景には、生物をシステムとしてとらえる合成生物学とIT・AI技術やロボティクス技術との融合があります。これにより、効率的かつ高速に、目的物質を生産する微生物の開発が可能になりつつあるのです。
(※“バイオものづくり”とは何なのかを知りたい方は、下記の記事も合わせてご覧ください。「バイオものづくり」が注目に至った背景や市場予測と各国の取り組みについて、ご紹介しています。)
国内では、岸田内閣が掲げる”新しい資本主義”を実現するための重点投資先のひとつとして「バイオものづくり」が挙げられており、その社会実装に向け、微生物開発からスケールアップまでをワンストップでおこなう「統合型バイオファウンドリ®」構築のプロジェクトがスタートしています。
この分野の第一人者として知られる、神戸大学副学長の近藤昭彦教授に「バイオものづくり」の社会実装に向けた取り組みや、「バイオものづくり」で目指す社会についてお話しいただきました。
生物をシステムでとらえる「合成生物学」の台頭
意外に思われるかもしれませんが、私が大学で専攻していたのはバイオではなく化学工学でした。「バッチプロセスのスケジューリング問題」を研究していましたが、今から30~40年も前の話ですから、まだコンピュータの計算速度もそこまで速くありません。そこで、ヒューリスティック*ルールを組み込んで計算を省略しながら、1万行くらいのプログラムを作り、限られたコンピューテーションパワー(計算能力)で、きわめて複雑な計算をしていました。
* heuristic(独):発見的手法。必ずしも正しい答えを導けるとは限らないが、近似アルゴリズムより解の精度が高く、解に至るまでの時間が短い。
ですが、コンピュータを相手に格闘しているとストレスがかかりすぎてしまうので、もう少しソフトな分野でやっていきたいと思い、バイオに移ることにしたんです。もちろん当時は、化学工学のバックグラウンドが今の研究に役立つとは思っていませんでしたが、振り返ってみるとまさに「connecting the dots」ですね。
同じエンジニアでも、ケミカルエンジンニアとバイオエンジニアでは、対象へのアプローチの仕方が大きく異なります。ケミカルエンジニアは「全体のシステム」という考え方をしますが、バイオエンジニアはあまりシステムという考え方をしません。「全体を小さく、さらに小さく掘り下げて、遺伝子の最小単位まで分けていって、その機能を見つけ出す」というのがバイオの研究の大きな流れだからです。
けれども今、時代の流れは、バイオの領域においても「全体のシステムを考える」という方向に大きく変わってきています。つまり、「パーツに分解して調べただけでは生物の全体像は分からない。だから仮説をもとにパーツを作って組み立ててみる。そして仮説通りに動いたら、仮説が正しいことが証明され、同時に作動原理がわかる」と考えるようになった、ということです。これを「合成生物学(Synthetic Biology)」といいます。
時計をバラバラに分解して一つ一つの部品だけ調べても、それが時計なのか何なのか、どうやってその時計になっているかが分からない。だから組み立てて調べてみよう、と考えるのと一緒ですね。
バイオ×AI×ロボティクスで微生物開発を高速化
先ほど、バイオの領域に「仮説をもとにパーツを作り、組み立てて検証してみる」という合成生物学の大きな流れが生まれているとお話ししました。ですが、生物というものは非常に複雑でまだ完全には解明されていませんから、1000個、1万個といった仮説をつくり、それをひとつひとつ検証していく必要があります。
ですが、そんなにたくさんの仮説を、全て人間の手で実験して検証するというのは現実的ではありません。そこで近年、合成生物学の分野にAIやロボティクスの技術が取り入れられるようになってきました。そうして微生物細胞の設計から結果の分析まで、全部ロボットが自動でおこなうようになると人間が作業した場合に比べて、精度がぐっと上がるんですね。
例えば1万個の仮説を作り、その仮説にしたがって、とある遺伝子を操作して生物を作り変えると、1万個のデータが出てきますので、そのデータをAI学習させます。それをもとにまた仮説を立て、結果を出す。こうして精度の高いデータを蓄積していき、よりよい設計につなげていきます。これがDBTLサイクル(Design:遺伝子設計、Build:微生物作成、Test:生産物質評価、Learn:学習予測)です。
そして「バイオ技術とAIやロボットを組み合わせてDBTLサイクルを高速に回転させ、効率的かつ自動的に、目的物質をつくり出す微生物の開発を進めていく」という技術領域を、学問分野的にはエンジニアリングバイオロジーといい、まさに世界は今この方向に急速に動き出しています。
日本において、私がこの分野をリードしてきたというのも、やはりもともとのルーツがケミカルエンジニアだからでしょう。違う経歴、違う視点を持つ技術者が連携して研究を進めていくことの大切さを感じますね。
世界初の試み「統合型バイオファウンドリ®」
統合型バイオファウンドリ®のイメージ図
微生物の開発をシステム化する際には、よくおこなう作業をユニットオペレーション* のようにしたロボットを並べて繋ぎ、作業工程を自動化します。このようにして、ゲノム改変などのバイオ技術とIT・AI技術、ロボティクス技術を用いてスマートセル(遺伝子を変化させた細胞)を開発し、目的物質を効率よく大量生産する微生物開発プラットフォームを「バイオファウンドリ」といいます。
* 化学的な製品製造過程を反応・分離など個別の操作の組み合わせとして理解する、化学工学の中核となる概念。
私は日本で初めてバイオファウンドリを提唱し、設立しましたが、バイオファウンドリを活用して色々な産業が求めている「ものづくり」を実現していくとなると、大学の枠組みの中ではどうしても難しい面があります。そこで、バッカス・バイオイノベーション* という企業をつくり、「バイオものづくり」を社会実装するために必要な技術をそちらに移転しました。大学の研究室では、その次へ、さらに次へと新しい研究を進めていくことになります。
* 株式会社バッカス・バイオイノベーションは、神戸大学からその研究成果である先端バイオテクノロジー関連の知的財産権および人材をパッケージとして広義の技術移転を受け、2020年3月に設立されたバイオベンチャー企業。
微生物を開発するプラットフォームが出来ても、このままでは産業化することができません。ビーカーレベルの量から、商業プラントの量までスケールアップするためには、プロセス開発をして工場をつくる必要があるからです。
バイオ製品を製造したい事業者は、微生物細胞を渡されただけでは何もつくれませんし、微生物開発をしている側は、お客さんから「その細胞で化合物をつくるとしたら、1kgあたり何円かかりますか」と聞かれても、プロセス化やプラント建設の工程を含めたコストを試算できないので答えられません。
ですから、微生物開発とプロセス開発を一気通貫でおこなって、お客さんが「こんなものを作りたい」とリクエストしたところから、最終的な商品が出てくるところまでが一体化していることが、お客さんにとっても、提供する側にとっても、非常に重要なのです。ところが、こうした仕組みは世界でもまだ例がありません。
だからこそ、研究開発をおこなう大学、バイオテックカンパニー、エンジニアリング会社がセットになってワンストップで、微生物開発からスケールアップ、生産プロセスの開発までおこなう今回のプロジェクト* の「統合型バイオファウンドリ®」は、世界的にも極めて先進的な試みになると思っています。
* GI基金で採択された「CO2からの微生物による直接ポリマー合成技術開発」プロジェクトのこと。カネカ、バッカス・バイオイノベーション、日揮HD、島津製作所の4社がアライアンスを組み、2030年度までにCO2を原料とするガス発酵バイオファウンドリの確立、バイオポリマー生産微生物等の開発・改良、CO2を原料に物質生産できる微生物等による製造技術等の開発・実証を目指す。
スケールアップ成功の鍵は、微生物開発とプロセス開発におけるデータ共有
微生物の開発からプラント開発までをワンストップでおこなう場合に最も重要になるのが、「微生物開発サイドとプロセス開発サイドの間でのデータ共有」です。
例えば水素細菌を培養する場合、CO2、H2、O2の混合気体を、攪拌しながら培地にムラなく溶け込ませる必要があります。研究室の小さい装置で完全混合にするのは比較的に簡単ですが、プラントレベルの巨大なリアクター* では、そう簡単にはいきません。大規模なリアクターの中でムラが生じると、温度が違うところが出てきてしまいます。微生物というのは生身の生き物ですから、寒いところと暑いところが秒単位で変わると、非常に強いストレスかかります。そうすると、「小さいリアクターで出ていた性能が、スケールアップすると全く出ない」ということが起こりうるわけです。
* 内部で化学反応を起こさせる装置のこと。本文では、培養タンクを指す。
これに対して出来ることは、①完全混合に近づけるリアクターを設計する、②不均一な環境に対して強い細胞をつくる、のどちらかです。
その際、どの条件をどう変えていけばよいのかということは、微生物を開発している側と、スケールアップに取り組んでいるプロセス開発側の人たちがお互いに情報交換しないとわかりません。そこで、微生物を開発している側からは、「こういう細胞を作ればスケールアップした時でも性能が維持できますよ」とか、「エネルギーをかけずにできるだけ均一に混ぜてくださいね」といったデータを、プロセス開発の側からは「これぐらいの品質にするには、もう少し耐久性のある細胞をつくってくださいね」といったデータをお互いにシェアし、集積しながら改善していくということです。
スケールアップの研究は、結局のところ、小さなスケールでいかに精度のよいやり方や条件などを見つけられるかがポイントになります。だからこそ、細胞開発とプロセス開発を一体でやることは極めて重要で、両者が密にキャッチボールできる関係性を構築していくことが大切なのです。
「バイオものづくり」は、幅広い産業に可能性をもたらす
「バイオものづくり」の代表的な例としては、植物油脂を微生物に与えてつくらせる生分解性プラスチックがあります。また、廃棄物や林地残材などの未利用材を活用して、SAFなどのバイオ燃料や、食料のもととなるタンパク質をつくる研究も進められていますし、化粧品や香料などもつくることができます。将来的には、CO2を直接食べさせて、微生物にものづくりをさせる技術も実現するでしょう。
脱化石資源への移行やCO2排出量の削減が世界共通の課題となっている今、「バイオものづくり」は、エネルギー産業・化学産業・食品産業だけでなく、ほとんどすべての産業に可能性をもたらすものだと思っています。
ただ、今すぐに何でもつくれるかと言えばそうでもなく、やりやすいものと難しいものがあります。やりやすいものというのは、平たく言うと単価が高いものです。1kgつくって1万円のものと、1kgつくって100円のものを比べたら、前者のほうが圧倒的に挑戦しやすいですよね。最初は取り組みやすいところから入っていき、最終的にはCO2を原料にして、どんなものでもつくれるようにしていきたいですね。
私がみなさんにお伝えしたいのは、「バイオものづくり」の社会実装は、「プラネタリーヘルス(Planetary Health)」のため――つまり、人々の健康だけではなく、人々が暮らす地球の健康のためでもあるということです。
世界では、今は「バイオ革命の時代(Bio Revolution Era)」だといわれています。合成生物学の進展とAI・ロボット技術の活用が相まって研究開発が高速化し、同時にプロセス開発も高速化していくなかで、今までできないと思われていた多くのことができるようになり、その過程で産業革命が起こっていく。今はまさに、その変曲点にあるということです。
バイデン大統領は2022年9月の大統領令で「『バイオものづくり』の分野は世界の製造業の3分の1に波及効果があり、市場規模は30兆ドル(4000兆円)になる」と発表しました。また2023年3月には「今後20年以内にプラスチックを90%バイオマス由来に切り替える」検討を進めており、バイオ技術の開発と商用化に向け、5年間で10億ドル(約1300億円)超を投資することを明らかにしています。
このバイオ分野において、日本も世界のトップを目指していくべきだと思っています。日本は環境的な指数では欧州諸国からはるかに後れを取っていますし、経済力の面からみても先進国の座から滑り落ちる瀬戸際にあります。こうした局面において、日本経済の競争力を維持するためには「バイオ革命を活用して、プラネタリーヘルスを実現していく」ことが、非常に有効なソリューションになると考えています。
(※サステナビリティ ハブでは、次のような「バイオものづくり」関連記事を公開しています。“バイオものづくり”とは何なのかを知りたい方は、是非あわせてご覧ください。) |