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「培養肉」でサステナブルな食を実現する 基礎知識から今後まで解説

事例 サステナビリティ入門
目次

世界的な食料不足や環境悪化が問題視されるなか、それらの課題を解決し得る新たな“食”の選択肢、「培養肉」への注目が高まっています。

そこで今回は培養肉の概要や生産方法、メリットなどの基礎知識から、普及に向けた課題と今後の展望まで解説します。

培養肉(クリーンミート)とは?

シャーレにのせた肉

培養肉とは「本物に近い “食肉の代用品”」のことです。ウシやブタなどの動物から取り出した少量の細胞を、動物の体外で人工的に培養して増やし、それらを集めて組織を作ることで生み出されます。英語では「Cultured meat」と呼ばれます。

これまでの食肉生産とは異なり、動物そのものが食肉の供給源とならないため、動物の飼育・繁殖・解体や飼料の生産・加工などの工程が不要になります。これにより、食肉としての生産期間がおよそ2年から3週間程度へと短縮されるほか、動物に与えるストレスや環境負荷も抑えることができます。動物や環境にやさしいことから「クリーンミート」とも呼ばれることもあります。

1㎏あたりの生産における従来の畜産と培養肉の比較画像出典:オルガノイドファーム(最終アクセス 2023/1/6) 

2013年8月、ロンドンで世界初の培養肉を用いたハンバーガーの発表および実食されました。
当時はこの1つのハンバーガーを完成させる研究費として33万ドル(当時 およそ3300万円)がかかりましたが、生産設備などの充実によって、6年後の2019年にはハンバーガー1つあたりのコストは、9ユーロ(日本円で約1269円※)程度にまで下がりました。
今後も技術の発達や大量生産への移行によってコストが下がり、より手頃で現実的な選択肢の一つになっていくと予想されます。

(参照: Maastricht University 「What’s been going on with the ‘hamburger professor’」
※1 2022年12月現在での為替レートを適用

培養肉の生産方法

培養肉の生産フローのイラスト出典:オルガノイドファーム(最終アクセス 2023/1/6) 

では培養肉はどのように作られていくのでしょうか。詳しい作り方は研究機関によって様々ですが、次のような流れが一般的とされています。

  1. 動物の筋肉からタネ細胞を採取する
  2. タネ細胞を培養液に浸し、高密度・大量に増殖させる
  3. 培養した細胞に刺激を与え、肉のもととなる骨格筋や脂肪などに分化させる
  4. 分化したものを食品加工する

現在は社会実装を目指し、各工程で必要とされる基礎的な技術の確立に向けた取り組みが進められています。

【培養肉と再生医療】

培養肉を作り出す過程には、細胞から肉や臓器などを作り出す「再生医療」の技術が応用されています。例えば培養肉の多くは、培養・分化されて薄いシート状になった細胞を重ね合わせることで肉らしい見た目や食感を実現していますが、この「細胞シートを積み重ねて組織を作る」という方法は、再生医療の分野において提唱されたものです。

また同時に、少量の細胞から大量の肉を作るという培養肉の生産技術の開発が、細胞培養のコストを下げ、再生医療の研究を後押しすることも期待されています。

培養肉が注目されている理由 

食肉の需要拡大

世界人口の増加や新興国の経済発展に伴う食習慣の欧米化・肉食化などにより、食肉の需要は増加の一途を辿っています。特に後発開発途上国においては、食肉需要は2050年までに4.5億トンを超えるという推測も示されています。 

(出典:Our World in Data「Global meat consumption 2000 to 2050」)

これまでは、農業の生産性を高めることで食肉の需要増加に対応してきましたが、今後はそれだけでは供給の伸びが足りず、早ければ2030年頃には需給バランスが崩れるのではとの見方(=「タンパク質危機」)も出てきています。このような背景を受け、理論上少量の細胞から効率よく大量の肉を作り出すことができる「培養肉」への注目が高まっています。

※ 国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations)「Digital technologies in agriculture and rural areas – Status report.」(p.1), 2019

環境負荷の軽減

国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告によると、世界の人為的な温室効果ガス排出量の約14%が、畜産(土地利用の変化を含む)によって生み出されています(※)。これは飛行機や車といった、すべての交通機関から排出される温室効果ガスの総量に匹敵します。

さらに、広大な農地や放牧地を確保するための土地占有・森林伐採が深刻な問題になっているほか、水が大量に使用されたり、家畜の排泄物による水質・大気汚染が起きることも。現在の畜産業は、環境に大きな負荷をかけながら維持されているシステムといえそうです。

このような課題を解決し、持続可能な食料生産を叶えるために、広大な土地や大規模な家畜の飼育・繁殖を必要としない培養肉は有効な選択肢の1つと考えられています。

※ 国連食糧農業機関(Food and Agriculture Organization of the United Nations)「Digital technologies in agriculture and rural areas – Status report.」(p.1), 2019

培養肉の実用化におけるメリットは?

パッケージに入った精肉

「動物性の栄養素」を補える

食肉生産にまつわる課題を解決する新たな選択肢として、培養肉のほかに、大豆などの植物由来の原料から生産された「プラントベースミート(※1)」も登場しています。プラントベースミートは欧米諸国を中心に市場に浸透しつつあり、培養肉に先行する形で、日本でも認知が高まってきました。

しかし、植物由来であるため本来の食肉とは成分が異なり、「一部のビタミンなど動物性食品に含まれる栄養素を十分に摂取できない場合がある」ことが課題の1つになっています(※2)。一方で培養肉の場合は、栄養成分は本来の食肉とほとんど同じです。動物性のタンパク質や鉄、亜鉛、ビタミンB群なども摂取できるとされています。理論上、筋肉成分や脂肪成分の調整も可能であるといわれており、個人の需要に合わせ、食肉をデザインできることが期待されています。 そのため、食肉の “代用品” 以上の役割も担う可能性がありそうです。

※1 名称は様々で、ベジミート、ソイミート、大豆ミートなどとも呼ばれています。
※2 プラントベースミートの中には、原材料に動物性の材料が含まれるものもあります。

気候変動の影響を受けにくい

プラントベースミートの生産においては、近年深刻化している「気候変動」が、大豆をはじめとした原材料の調達に大きな影響を及ぼすのではと懸念されています。

一方、培養肉は動物の細胞をもとに屋内で人工的に生産されるため、生産可否や生産量などが環境要因に左右されることはありません。国や地域にも関係なく、設備さえ整えばどのような場所でも生産が可能であることは、食肉の需給バランスを安定させる上で大切なポイントになります。

自給率の向上に繋がる

 2021年における日本の畜産物のカロリーベース食料自給率は、わずか16%となっています(※)。つまり食肉の供給の多くを、海外からの輸入と輸入飼料を用いた生産に頼っています。 しかし今後、培養肉が普及すれば、大量の飼料を使うことなく、理論上では数個の細胞から数万トンに及ぶ肉を生産できるようになるかもしれません。

日本の食料自給率の向上に大きく貢献し、食料不足の深刻化による食料・資源の奪い合いや生産国による輸出規制などへの備えを後押しできる可能性があります。 

※ 輸⼊飼料による畜産物の⽣産分を除いて計算したもの。(参照:農林水産省「令和3年度食料自給率について」)

培養肉の課題

 牧場で草を食む牛

培養肉には様々なメリットがある一方、商用化や普及に向け、まだ解決しなければいけない課題も残されています。

環境面での課題

・従来の畜産と比較すると少ないが、細胞を培養する過程において適切な温度を維持するためのエネルギーが必要になる

・これまで畜産によって維持されていた生態系や生物種が、消滅してしまう可能性がある

技術面での課題

・生産規模を拡大するための更なる技術開発やコスト削減が必要である

社会的な面での課題

・既存の畜産農家や飼料農家などに打撃を与える可能性がある
・安全性や不自然さ、見た目・食感など様々な観点から、消費者の理解を得る必要がある

など

培養肉市場の今後

バンズに挟んだ肉のにおいを確かめる研究者

世界的な経営コンサルティングファーム A.T.Kearney社は、経済データと同社の独自調査を踏まえ、「食肉市場は今後十数年で 3% / 年 ほどのペースで拡大。その中で世界の食肉供給量のうちおよそ3分の1は、10年以内に新技術(培養肉)が供給されることになる」との予測を発表しました。

 (参照:A.T.Kearney「アグリビジネスのテーブルにはどれだけの肉が残るか?」)

 このように培養肉の普及への前向きな見方が生まれるなか、世界各国で培養肉の研究開発に取り組むスタートアップ企業が急増しているほか、企業と研究機関の共同開発なども進められてきました。また市場の拡大を見据え、こうした研究へ大規模な投資がおこなわれる例も生まれています。 商用化・普及拡大を目指し、今後はこうした研究開発のさらなる進展と、政府による法整備や安全基準の策定などの土台づくりが求められるでしょう。 

培養肉の商用化に向けた企業の取り組み

培養肉市場に参入する国内企業が増加している中、その事例を紹介します。

日清食品

 日清食品は、2017年より東京大学と共同研究を開始しました。筋組織の立体構造を人工的に作製し、肉本来の食感を再現する「培養ステーキ肉」の開発に取り組んでいます。

日清食品ホールディングスの「培養ステーキ肉」の開発の様子出典:日清食品ホールディングス「日本初!「食べられる培養肉」の作製に成功 肉本来の味や食感を持つ「培養ステーキ肉」の実用化に向けて前進」(最終アクセス 2023/1/6) 

2019年には、世界で初めてサイコロステーキ状(1.0㎝×0.8㎝×0.7㎝) の大型立体筋組織を作ることに成功。そして2022年には、独自開発した「食用血清」と「食用血漿(けっしょう) ゲル」(いずれも特許出願中)を使用することで、食用可能な素材のみで「培養肉」を作製することにも成功し、産学連携の「培養肉」研究において日本で初めて「食べられる培養肉」を作製しました。同年には研究関係者による試食をおこない、肉本来の味や食感を持つ「培養ステーキ肉」の実用化に向けて前進しました。

日本ハム

 日本ハムは2019年より、スタートアップのインテグリカルチャーと動物細胞の大量培養による、食品製造に向けた基盤技術の共同開発を開始しました。 

ニワトリ細胞から作った培養肉の画像出典:日本ハム「培養液の主成分である動物血清を食品で代替することに成功~培養肉の商用化実現に向けて前進~」(最終アクセス 2023/1/6) 2022年10月には培養肉の細胞を培養する際に必要となる「培養液」の主成分を、これまで用いられてきた動物由来のもの(血清)から、一般的に流通する食品由来のものに置き換え、ウシやニワトリの細胞を培養することに成功したことを発表しました。高価かつ安定調達が困難な動物由来の血清が不必要になることにより、培養肉の商用化へ一歩近づいたことになります。

日揮グループ

主にプラントエンジニアリング会社として知られる日揮グループは、培養肉の商用化に向け新たに取り組みを始めた企業です。

オルガノイドファームによる開発イメージ出典:オルガノイドファーム(最終アクセス 2023/1/6) 

2021年には、培養肉にまつわる技術開発を行う新会社として、「オルガノイドファーム」を設立。試験管の中で幹細胞からミニチュアの臓器を作る「オルガノイド培養技術」を、世界で初めて培養肉に応用することで商業化に向けた検討を進めています。

日揮グループが医薬品分野で培ってきた細胞培養にまつわる技術や、大量生産を可能にするエンジニアリング技術力を強みとし、高機能・高付加価値な培養肉生産技術の確立を目指しています。

まとめ

今回は、世界的な食料不足や環境悪化が叫ばれるなかの課題解決として注目されている「培養肉」についてご紹介いたしました。皆さまのご参考になれば幸いです。

サステナビリティハブ編集部
サステナビリティハブ編集部

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