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水素とアンモニアの本当の話 -第4回ー 水素とアンモニアの今後について

カーボンニュートラル 再生可能エネルギー
目次

前回の記事では、「水素か、アンモニアか?」をメインテーマとし、昨今注目を集めている「NH3」の概要、および新たな可能性について解説しました。


水素とアンモニアの本当の話 ー第3回ー 水素か?アンモニアか?|サステナビリティハブ

最近、CO₂フリー燃料としてだけではなく、水素キャリアとしても注目されているアンモニアついてその理由を説明した後、水素とアンモニアの導入に係る今後の展開の見通しなどについて、現時点での塩沢文朗氏の見解を記してみたいと思います。

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今回は前回に引き続き、水素とアンモニアの導入に係る今後の展開の見通しについて、現時点での私の見解を述べた後、やや俯瞰的に水素とアンモニアの競合、補完関係を見てみたいと思います。

■執筆者

【第1章】水素、アンモニアの導入は今後どのように進んでいくのだろうか

日本政府も水素、NH3の導入を加速し、安定的なサプライチェーンを構築するための支援に乗り出そうとしています。

経済産業省は、2022年3月から支援の具体策に係る検討を進め、その基本的な内容を2023年1月にとりまとめ、公表しました[1]。それは次のような内容です:

  •     水素、NH3のサプライチェーンの構築に先行的に取り組む事業者(“ファーストムーバー”)を対象に、当該事業の継続に要するコストを合理的に回収でき、かつ適正な収益を得ることが出来るようにするため、(現在使用している)化石エネルギーとCO₂フリー水素、NH3との価格差を埋めるための価格支援;
  •     水素、NH3の安定・安価な供給を可能とする大規模な需要創出と効率的なサプライチェーン構築を実現するための拠点整備支援として、大都市圏周辺での大規模拠点3カ所、地域での中規模拠点5カ所程度での拠点整備を念頭に、計画段階(事業性調査、詳細設計)から実施段階(インフラ建設)までを対象とした資金的支援。

2023年度内には、これらの制度の詳細が明らかになると思われます。政府はこれらの支援のために、GX(グリーントランスフォーメーション)実現に向けた投資の一環として、今後10年間で7兆円程度の投資を行う方針です。

さらに、水素、NH3燃料確保や利用等の促進に係る施策の総合的な企画立案と、施策の確実な実施を図る観点から、資源エネルギー庁の組織を一部改変して、新たに「水素・アンモニア課」が設置されました。

こうした政府からの支援を受けて、日本では、今後どのように水素、NH3の導入が進んでいくのでしょうか?

以下は、この問題についての現時点(2023年6月)での私見です。

【第1節】水素、アンモニアは“ブルー”から“グリーン”へ

水素、NH3ともに“ブルー”の導入が先行し、その後“グリーン”に置き換わっていくでしょう。現時点では水素、NH3ともに“ブルー”のコストが安価ですが、今後10年程度の間には、水の電解装置と再エネ電力の価格が一層、低下すると見られており、それによってグリーンNH3の原料でもあるグリーン水素の製造コストが半減して、“グリーン”の競争力が“ブルー”を上回ると考えられているからです。

欧州を中心とする“グリーン”志向の強いユーザーや、化石エネルギー資源価格の変動による“ブルー”価格の変動リスク回避に重きを置くユーザーは、“ブルー”から“グリーン”へのシフトをもっと早めるかもしれません。欧州諸国の“グリーン”志向の背景には、ロシア産天然ガスへの依存低減という、エネルギー安全保障の視点があることも見逃せません。

日本でも、今後、Carbon pricingの導入が予定されており、その負担額次第で“ブルー”のコストが上昇し、“ブルー”から“グリーン”へのシフトが早まる可能性があります。

【第2節】発電分野ではアンモニアの導入が先行、その後は?

発電分野では、JERAによる石炭火力へのNH3の導入に向けた取り組みが、世界でもっとも先行しています。発電分野では、石炭火力混焼用のNH3の導入が先行し、2030年代にはガス火力を含む火力発電分野全般へのNH3導入が本格化すると考えられます。(ガス火力発電へのNH3導入の可能性については次回連載の「水素とアンモニアの本当の話 ー第5回ー アンモニアにまつわるよくある誤解」の第3章「アンモニアは石炭混焼/水素はガス混焼」を参照。)JERAのNH3混焼発電計画は、2020年代の後半に年間100万トン規模のNH3のサプライチェーンの形成を伴うので、これが発電分野の燃料選択に及ぼす影響には少なからぬものがあるでしょう。

ただ、発電分野への水素/NH3の導入の展開については、火力発電設備の燃料選択に影響する以下のような、日本国内だけの要因には留まらない多くの要因があるため、まだ、多くの可能性があると思われます:

①    火力発電の役割の変化の影響

火力発電の役割が調整力用電源へと変化することによる、火力発電設備に対するニーズ(即応性、出力規模等)の変化の影響、

②    水素/NH3の利用技術の特性と技術進展スピードの影響

燃焼機器のタイプ(タービン/ボイラー)、出力規模等によって、水素/NH3間で達成可能な性能水準や開発に要するタイムスパンが異なることの影響、

③    燃料輸送の量的規模と距離の影響

火力発電設備への燃料調達に必要となる燃料の輸送距離、輸送量の影響、

④    水素/NH3火力発電設備の市場の大きさと拡大の速さの影響

上記②に関して水素とNH3の間で大きな差がない場合には、水素、NH3火力発電設備それぞれの国際市場の大きさと拡大の速さが影響。

【第3節】その他の分野への水素/NH3の導入

産業部門、運輸部門でも、大量の水素、水素ベース燃料が必要となります。これらの部門では、用途毎に要求されるスペックを満たす必要があります。(例えば、燃料自動車(FCV)や化学原料等の用途には高純度の水素が必要。)

こうした水素の大量輸送手段として、液化水素輸送船や液化水素の輸送・貯蔵に必要となる関連機器・設備の開発等、液化水素によるサプライチェーンの構築が進められていますが、これらの開発には、未だ解決・改良を要する技術課題が残されています。こうしたことから液化水素による水素輸送の開始は早くとも2030年以降となりそうです [2]が、さらにそれ以降も、サプライチェーンを構成する各技術(特に液化技術、輸送、貯蔵技術)のコスト低減やインフラ整備にも一定の時間を要することを考えると、日本でも欧州のようにNH3を、水素の長距離、大量輸送の際のキャリアとして利用する動きが出てくる可能性があると思います。ここでもJERAによる年間100万トン規模のNH3の導入によって、NH3のサプライチェーンとそれに連鎖する形で、関連する近隣の輸送インフラの整備が進むことの影響を考えておく必要があるでしょう。

【第2章】水素とアンモニアの補完関係

水素とNH3の導入が、今後、どのように進んでいくかは、「水素とアンモニアの本当の話 ー第2回ー 水素の輸送方法とよくある疑問」の第1章「水素の利用では輸送方法の選択が重要」で記したように、導入を取り巻く条件や環境によって異なり、その結果、導入される地域によって異なり得ますが、水素とNH3両者の間には競合関係だけでなく、補完関係も存在します。

【図5】に水素とNH3大量、長距離輸送により導入する場合の大凡の関係を描いてみました。どのバリューチェーンが実装されるかは、ここに描かれた各サプライチェーンに要する技術の成熟度と経済性に影響されます。特に水素の液化技術と海上輸送技術、NH3の分解技術が実装可能な状態であることが重要で、それによってどのサプライチェーンのパスが実装されるかが大きく影響されます。こうしたことから、一部を除き、両者は基本的に競合関係にあります。

しかし、本記事の第1章「水素、アンモニアの導入は今後どのように進んでいくのだろうか」の第1節「水素、アンモニアは“ブルー”から“グリーン”へ」に記したように、今後、グリーン水素/NH3が主体となってくると、グリーンNH3を製造するために大量のグリーン水素が必要となります。(【図5】の「製造、キャリア合成」のパートが、グリーンに移行。)

水素導入を推進する欧州の民間企業団体 Hydrogen Europe は、最近、欧州における“クリーンNH3”(グリーンまたはブルーNH3)に関するレポート[3]を発表し、その中で、海上輸送、発電、肥料製造の脱炭素化に果たすクリーンNH3の大きな可能性に言及したうえで、こうした補完関係に着目したグリーン水素の導入に対する支援策の重要性を指摘しています。

【図5】水素とNH3の関係

まとめ

今回は、水素とアンモニアの導入に係る今後の展開の見通しについての私見と、やや俯瞰的に見た水素とアンモニアの関係について解説しました。

次回はいよいよ最終回となりますが、「アンモニアに関する、よくある誤解」を実際に5例ほど取りあげ、それぞれ紐解いていきたいと思います。引き続き、ご覧ください。

(※前回はメインテーマを「水素か、アンモニアか?」として、最近、CO₂フリー燃料としてだけではなく、水素キャリアとしても注目されているアンモニアついてその理由を説明した後、水素とアンモニアの導入に係る今後の展開の見通しなどについて、現時点での見解を記しました。下記からご覧ください。)


水素とアンモニアの本当の話 ー第3回ー 水素か?アンモニアか?|サステナビリティハブ

最近、CO₂フリー燃料としてだけではなく、水素キャリアとしても注目されているアンモニアついてその理由を説明した後、水素とアンモニアの導入に係る今後の展開の見通しなどについて、現時点での塩沢文朗氏の見解を記してみたいと思います。

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脚注

[1]「総合資源エネルギー調査会 省エネルギー・新エネルギー分科会 水素政策小委員会/資源・燃料分科会 アンモニア等脱炭素燃料政策小委員会 合同会議 中間整理」(2023年1月4日)https://www.meti.go.jp/shingikai/enecho/shoene_shinene/suiso_seisaku/20230104_report.html

[2]2023年2月13日の第14回 産業構造審議会 グリーンイノベーションプロジェクト部会 エネルギー構造転換分野ワーキンググループにおいて日本水素エネルギー(株)と川崎重工業(株)から提出された資料によると、2030年までに実証予定の液化水素の輸送規模は、4万㎥の液化水素輸送用タンク1基積載の液化水素船による年間2.8万トンの液化水素量とされている。これは、100万kWのガス火力の1月分程度の燃料量なので、発電向けの液化水素サプライチェーンの構築には、さらに時間を要するものと思われる。

[3]“Clean Ammonia – In the future energy system –“ 2023年3月、Hydrogen Europe.

塩沢 文朗|Bunro Shiozawa
元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」 サブ・プログラムディレクター (NPO法人)国際環境経済研究所 主席研究員
塩沢 文朗|Bunro Shiozawa

経済産業省、内閣府において科学技術担当の大臣官房審議官等を勤めたのち、住友化学に入社。同社で理事、気候変動対策室長などを勤める傍ら、2014~18年に内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」のサブPDとして、水素、アンモニアの製造、輸送、利用に係る研究開発や調査研究に従事。その後も、水素、アンモニアに関する内外のシンポジウムや講演会に参画するとともに、書籍や多くの記事を執筆。趣味は旅行。

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