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水素とアンモニアの本当の話 ー第2回ー 水素の輸送方法とよくある疑問

カーボンニュートラル 再生可能エネルギー
目次

前回は「水素エネルギーの再考」というテーマのもと、「水素エネルギー」という用語について、また日本の脱炭素化に「水素」が必要な理由を解説しました。 


水素とアンモニアの本当の話 ー第1回- 水素エネルギーとは|サステナビリティハブ

水素、アンモニアの導入に向けたその後の動向を織り交ぜながら、水素、アンモニアの導入を考える際に重要と思われる問題について解説します。

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2回目の連載となる本記事では、水素の利用を考える際にもっとも重要な検討課題の一つである水素の輸送問題について、俯瞰的な観点から考えてみたいと思います。

加えて水素の利用に対して、しばしば呈される疑問と、それについての回答を記します。

■執筆者

【第1章】水素の利用では輸送方法の選択が重要

製造された水素は、需要地まで運ぶことが必要ですが、水素は、常態では体積エネルギー密度が非常に小さく[1]、液化するためにはマイナス253℃という極低温まで冷却することが必要といった物性をもつため、長距離大量輸送することがとても難しい物質です。それで水素の利用においては、輸送手段の選択がきわめて重要な問題となります [2]

【図1】は水素のさまざまな輸送方法を模式的に示したものです。

【図1】 水素、水素ベース燃料の輸送手段

水素を陸上で短中距離輸送する場合は、高圧水素として気体のままローリーで運ぶのが経済的ですが、この方法で輸送できる水素の量、距離は限られます。パイプラインが利用可能な場合は、大量に輸送することが可能ですが、それが経済的な輸送手段となるのは輸送距離1,500kmくらいまでと言われています。

陸上でも長距離、または、海を越えて船で輸送することが必要な場合には、水素をより運びやすい物質や状態-水素キャリア-に変えて運ぶことが必要になります。輸送された水素キャリアは、消費地で水素に再変換 [3]し、(必要に応じて精製したうえで)水素として使います。水素キャリアとしては、液化水素(LH₂)、メチルシクロヘキサン(MCH)、NH3等が有力と考えられていますが、いずれも大規模サプライチェーンを構築するためには、開発、改良すべき課題が大なり小なりある[4]ので、その解決のための研究開発や実証が続けられています。

用途や利用環境によって差はあるものの、これらのなかではNH3がもっとも社会実装に近い段階にあります。NH3は水素密度が大きく(液化水素よりも大きい)、既に国際間で大量に取引されていることもあって、海上輸送のインフラが存在していること、そしてNH3の水素キャリア、水素ベース燃料としてのコストは、他に比べて安価と見られることからです[5]。こうしたことから、NH3サプライチェーンの社会実装が既に世界各地で始まっています。連載「水素とアンモニアの本当の話 -第3回ー 水素か?アンモニアか?」の第1章「水素か、アンモニアか?」の第1節「CO₂フリー燃料としてのアンモニア」及び、第2節「アンモニアの新たな可能性」)

このほか【図1】には、CO₂フリーメタン(CH4)をCO₂ニュートラル燃料として輸送する方法(本記事の後半の【コラム2】メタネーションとCO2フリーメタン(合成メタン)で詳述)、そして、天然ガスのまま輸送し、消費の際に排出されるCO2を消費地でCCSにより除去する方法も記しています。

これらの方法も、水素、水素ベース燃料の輸送方法の一形態です。ただ、前者の方法については相当量の回収CO2とCO2フリー水素の双方が近傍の地域で入手可能であること、後者の方法については消費場所の近傍にCCS適地があることが、それぞれの必要条件となります。(以上に加えて【図1】には、再エネを電気のまま、送電線で消費地に輸送する方法も記しています。再エネを送電線で運べるなら、水素等をエネルギー媒体として用いる必要はなく、電気のまま運ぶのがもっとも合理的かつ経済的です。)

このように、方法論的には水素等のCO2フリーエネルギーの輸送方法には多様な方法があります。水素、水素ベース燃料の利用にあたっては、これらのなかで最適な輸送方法を選択することが必要です。その選択に関わる重要な要因には、導入する水素等の量的規模、輸送距離、輸送技術の成熟度、用途等の諸条件とともに、環境条件(例えば、CCSや既存インフラの利用可能性等)が関係し、これらの条件と環境によって、適切な輸送方法は異なります。

これが先に“日本にとって”を強調した理由です。水素、水素ベース燃料の輸送方法に関連して、よく欧州や米国の例が引き合いに出されますが、欧州諸国の多くは、①近隣地域に豊富な風力や水力等の再エネ資源があり、余剰の再エネ電力が存在する、②水素の需要地が再エネ電力の賦存地域に比較的近接している、そして、③域内には送電線網やガスパイプライン網が構築されている等、ある意味、特殊な環境にある地域です。そういった地域では、余剰の再エネ電力を水素に変え、気体のままガスパイプラインやタンクローリー等で輸送し利用することが合理的かつ経済的な手段となります。他方、日本は、域内の再エネ資源量には限りがあるだけでなく、安価な再エネ資源等[6]が豊富に存在する地域から遠隔の地にあります。また、そういった地域との間をつなぐ送電線やパイプラインもありません。このため日本は水素等を海外から長距離、輸送してくることが必要となり、水素キャリアの利用が必要となるのです。

水素の導入方策を検討する際には、以上の基本を踏まえることが重要ですが、実際の輸送方法の選択にあたっては、当然のことながら、個々のサプライチェーン特有の条件や環境に即したコスト評価が必要なことは言うまでもありません。加えて、サプライチェーン全体で排出されるCO₂量についても見ておく必要があるでしょう。

【第2章】水素に対して、しばしば呈される「疑問」について

水素に対してしばしば呈される疑問についても触れておきましょう。

その「疑問」の代表的なものは、水素を媒体とするエネルギーは二次エネルギーなので、一次エネルギー供給の確保のための根本的な解決策にはならないという指摘。そして水素の利用では(再エネ電力から製造し、利用の際に水素から電気や熱などに再び変換して利用するというように)エネルギー変換を繰り返すため、製造から利用に至るエネルギー効率が悪いといった指摘です。水素の輸送を容易にするために、水素キャリアを用いた場合には、水素と水素キャリアとの間の変換が加わるため、エネルギー効率はさらに悪くなります。

しかし、量的な観点からは、水素の元となる、太陽、風力エネルギー等の再エネ資源はほぼ無尽蔵に存在するので、これらのことはほとんど問題にはなりません。

また効率の問題に関しては、コストを低減するために、その製造から利用段階までのエネルギー効率を高めることは重要ですが、資源の賦存量の制約が小さい場合には、エネルギー効率の価値は相対的に小さくなり、利用段階でのエネルギーコストが他のCO2フリーエネルギーと競合できる水準かどうかが重要になります。製造から利用に至るエネルギー効率の高低が、エネルギー選択の実際的な決定要因となる訳ではありません。

【コラム2】メタネーションとCO2フリーメタン(合成メタン)

CO2フリーCH4(=「合成メタン」とも呼ばれる) は、化石燃料の燃焼排ガス中のCO2を分離・回収し、CO2フリー水素と反応させるメタネーションと呼ばれる製法で製造されます。

その反応式を以下に示します。

CO2 + 4H2 ⇒ CH4 + 2H2O  ⊿H = -165 kJ

CO2フリーCH4には、CO2を有効利用できること、そしてCH4の利用にあたって、現存する天然ガスの輸送・貯蔵インフラや燃焼機器がそのまま使えることといったメリットがあります。

【図2】 メタネーションによるCO2フリーメタンの合成

他方、いくつかの問題もあります。まず、原理的な問題として、

1.    反応式から分かるとおり、CH4の合成には多量の貴重なCO2フリー水素を必要とする(4モルの水素を使って生成するCH4は1モル)、そして

2.    この反応ではCO2フリー水素の持つエネルギーの約2割を損失する [7](【図2】)

という問題があります。

また、実際的な問題として

3.    この反応では大量の熱が発生するため、製造設備の大型化には、反応速度のコントロールと熱の処理を行う必要がある、

4.    原料として必要となる大量のCO2とCO2フリー水素の入手可能な場所の地理的関係によってその利便性と経済性が大きく異なる。例えば、CO2が(火力発電所等から)大量に入手可能な地域と再エネ資源に恵まれている地域が近い、あるいは、送電線やパイプラインで結ばれているといった条件が整っている欧州のような地域と日本のような地域ではメリットの大きさが異なる、

5.    CO2の排出責任を、CO2を回収しCO2フリーCH4を製造した事業者が負うのか、CO2フリーCH4利用者が負うのかといった、CO2排出量の帰属問題についての国際間の合意が必要、

といった問題があります。

メタネーションによるCO2フリーCH4の利用については、上述のメリットとデメリットを比較衡量する必要があります。

なお、同じメタネーション反応を利用してCO2フリーCH4を合成するものであっても、(水素ではなく)水を原料とするSOECメタネーション(下記)が可能となると上記の多くの問題が解決可能になることから、このプロセスの開発が政府のグリーンイノベーション(GI)基金事業で進められています。

3H2O + CO2 ⇒ CH4 + 2O2+ H2O

ただ、このプロセス開発はまだ基礎研究段階にあり、工業的に使えるプロセスの開発には時間を要するようです。 

まとめ

今回は、「水素の輸送方法」について、また「水素に対して呈されることのある疑問」について解説しました。

次回の連載のテーマは「水素か、アンモニアか?」です。昨今は水素ベース燃料のなかでアンモニアが注目されていますが、その背景やアンモニアの新たな可能性について詳しく解説していきます。

引き続き、ご覧ください。(※前回の連載記事では「水素エネルギー」という用語について、また日本の脱炭素化に「水素」が必要な理由を解説しました。下記からご覧ください。)


水素とアンモニアの本当の話 ー第1回- 水素エネルギーとは|サステナビリティハブ

水素、アンモニアの導入に向けたその後の動向を織り交ぜながら、水素、アンモニアの導入を考える際に重要と思われる問題について解説します。

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脚注

[1]水素は、常態(、0℃、1気圧)では気体で、ガソリン1リッターと同量のエネルギーを有する水素の体積は約3,000リッターになる。

[2]“水素の輸送、配送コストは、水素の製造コストの3倍にも及び得る”ことが”The Future of Hydrogen”で指摘されている。

[3]液化水素の場合は気化、MCHの場合はMCHの脱水素と精製、NH3の場合はNH3の分解と精製により、使用用途に応じたスペックの水素への再変換。

[4]これらの水素キャリアに関する詳細な説明と、個々の水素キャリアに存在する開発課題等については、「カーボンニュートラル実行戦略-電化と水素、アンモニア-」第3章の3.2~3.5節を参照。

[5]NH3のコストの分析結果の代表的な例については、「カーボンニュートラル実行戦略-電化と水素、アンモニア-」の第3章の3.4.4を参照。また、本連載「水素とアンモニアの本当の話 ー第3回ー 水素か?アンモニアか?」(次回公開)の【図4】もNH3の水素キャリア、水素ベース燃料としてのコストが安価であることを示している。

[6] この「等」には、天然ガス資源とCCS可能な地質条件を満たす地域と含む。

[7]「カーボンリサイクルと有効利用に関する一考察」 岡崎健、「エネルギーと動力」日本動力協会、p66-69、No.293 2019年秋季号。【図2】も同文献からの引用。

塩沢 文朗|Bunro Shiozawa
元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」 サブ・プログラムディレクター (NPO法人)国際環境経済研究所 主席研究員
塩沢 文朗|Bunro Shiozawa

経済産業省、内閣府において科学技術担当の大臣官房審議官等を勤めたのち、住友化学に入社。同社で理事、気候変動対策室長などを勤める傍ら、2014~18年に内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」のサブPDとして、水素、アンモニアの製造、輸送、利用に係る研究開発や調査研究に従事。その後も、水素、アンモニアに関する内外のシンポジウムや講演会に参画するとともに、書籍や多くの記事を執筆。趣味は旅行。

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