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水素とアンモニアの本当の話 ー第3回ー 水素か?アンモニアか?

カーボンニュートラル 再生可能エネルギー
目次

連載記事の第1回第2回では「水素エネルギーの再考」というテーマで、これまでと少し異なる角度から「水素」の解説をしてきました。

そして第3回目である今回は、メインテーマを「水素か?アンモニアか?」として、最近、CO₂フリー燃料としてだけではなく、水素キャリアとしても注目されているアンモニアについてその理由を説明した後、水素とアンモニアの導入に係る今後の展開の見通しなどについて、現時点での私の見解を記してみたいと思います。

■執筆者



【第1章】水素か、アンモニアか?

【第1節】CO₂フリー燃料としてのアンモニア

水素ベース燃料のなかで、NH3が注目されています。それは、2014~18年に行われた内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」での研究開発によって、輸送しやすいNH3が、水素に再変換することなく直接CO₂フリー燃料となり得ること、さらに経済的にも競争力のあるCO₂フリー燃料となる可能性が明らかにされたことが契機でした。またNH3は、石炭との混焼が可能であり、石炭火力の数少ないCO₂排出量削減手段となることが明らかにされたことによっても注目されました[1]

こうしたことから、石炭火力でのNH3導入に向けた取り組みが(株)JERAを始めとする電力会社によって進められています[2]。また、多数の設備年齢の若い石炭火力が稼動中のアジア諸国においても、NH3混焼技術の導入に向けた取り組みが始まっています。(こういった動きに対して、「石炭火力でのNH3混焼は石炭火力の延命策」だとの批判がありますが、これは正当な評価とは言えません。この問題については、次々回連載の「水素とアンモニアの本当の話 ー第5回ー アンモニアにまつわるよくある誤解」の第4章「石炭火力でのアンモニア混焼は石炭火力発電の延命策」を参照。)

CO₂フリー燃料としてのNH3の可能性は、国際海運の分野でも注目されています。特にNH3は、大量、長距離海上輸送に用いられる船舶の脱炭素燃料に適していると考えられており、IEAは、2050年には国際海上輸送を担う船舶燃料のそれぞれ46%、17%が、NH3と水素に置き換わるという見通しを出しています[3]。実際、日本を始め、ノルウェー、ドイツ等ではNH3を燃料とする船舶用エンジン、燃料電池、そして船舶自体の開発が進んでいます。

こうした動きを受けて、国際海上輸送船舶向けの水素/NH3燃料供給インフラ(バンカー施設)の構築に向けた計画も世界各地で動き出しています。欧州ではオランダ、ドイツ等、アジアではシンガポール等の国際港湾での取り組みが進んでいますが、それに加え、最近ではスエズ運河の周辺国やインド、オーストラリア等でバンカー施設関連のCO₂フリー水素/NH3の製造計画が発表されています。

【第2節】アンモニアの新たな可能性

CO₂フリー燃料としてのNH3の可能性に加えて、最近、水素キャリアとしてのNH3の可能性に関する関心が、欧州を中心に高まっています。オランダ、ベルギー、ドイツ、イギリスの国際港湾ではNH3の荷揚げ設備とともに、NH3の分解による水素の製造設備の建設を含む港湾の整備計画が動き出しました。グリーン水素を再エネ資源に恵まれたアフリカ、中南米、オーストラリア等からNH3に変換して欧州に輸送し、欧州の港湾内で水素に必要量変換して、欧州域内の消費地まで、域内で整備が進むパイプラインや内航船で輸送するという考え方のようです。

NH3を水素キャリアとして利用する場合には、NH3を分解(クラッキング)して水素に再変換することが必要となり、水素の用途によってはさらに水素の精製が必要となるので、得られる水素のコストは高くなります。それにもかかわらず、こうした動きが出てきたのは、水素を長距離輸送する場合は、NH3を水素キャリアとして用いる方が容易で、コスト的にも有利との理解が広まったためと考えられます。

こうした動きを裏付けるように、NH3の製造に伝統的に強い技術力を有する欧米の企業は、NH3分解設備の販売を既に始めています。NH3の分解による水素の製造技術にはまだ改良の余地がある[4]と言われていますが、それは設備を使いながら対応できる問題と考えているようです。

水素キャリアとしてのNH3のコスト面での優位性は、実はIEAが“The Future of Hydrogen”で既に示しています。【図3】は、北アフリカ地域からグリーン水素を欧州域内の水素ステーションに液化水素、LOHC[5]、NH3をキャリアとして運ぶ場合のコスト推計結果を示したものですが、ここではこれらキャリアからの水素への転換を港湾で荷揚げ直後に集中的に行う方法(centralized reconversion)、水素ステーションまで水素キャリアで配送しそこで水素に再変換する方法(decentralized reconversion) の2つの方式を検討しています。

【図3】では、両ケースとも(それほど大きなコスト差はないものの)NH3をキャリアとして水素を運ぶ方法が、もっとも安価であることが示されています。

【図3】北アフリカから欧州の水素ステーションに水素キャリアを用いてグリーン水素を供給する場合のコスト(水素への再転換の方式として、集中方式と分散方式で行う場合を比較)

IEAの“The Future of Hydrogen”は、このほかオーストラリアから日本にグリーン水素を輸送・導入する場合のコスト推計も行っています【図4】。この図でも、先の北アフリカから欧州に水素を輸送する場合と同様、NH3をキャリアとする日本着の水素のコストがもっとも安価であること(右のグラフ)が示されています。

さらにこの図をよく見ると、その水素コストは、日本国内で製造する水素よりも安価(左のグラフとの比較)という、(少し驚くような)分析結果が示されています。日本では発電分野のみならず産業部門の脱炭素化でも、水素が重要な役割を果たすと考えられていますが、こうしたNH3の水素キャリアとしての可能性は、今後、より深く研究されるべき問題と思います。この可能性は、ともに未だ発展段階にある、液化水素等による水素の輸送技術、及びNH3の分解による水素製造技術の双方の技術の進展度合いに大きく影響されるからです(次回連載の「水素とアンモニアの本当の話 ー第4回ー 水素とアンモニアの今後について」の第2章「水素とアンモニアの補完関係」参照)。

【図4】オーストラリアで生産されたグリーン水素/NH3の日本着のコスト(水素キャリアの種類別輸送コストの比較:IEAの分析結果) 

まとめ

今回は、昨今注目を集めている「NH3」の概要、およびその新たな可能性について解説しました。

次回は、やや冒険ですが、水素とアンモニアの導入展開に係る今後の見通しなどについて、現時点での私の見解を記してみたいと思います。引き続き、ご覧ください。

(※前回の連載記事では、水素の利用を考える際にもっとも重要な検討課題の一つである水素の輸送問題について、俯瞰的な観点から考えてみました。下記からご覧ください。)


水素とアンモニアの本当の話 ー第2回ー 水素の輸送方法とよくある疑問|サステナビリティハブ

水素の利用を考える際にもっとも重要な検討課題の一つである水素の輸送問題について、俯瞰的な観点から考えてみました。さらに水素の利用に対してしばしば呈される疑問と、それについての回答も解説しています。

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脚注

[1]この詳細は、「カーボンニュートラル実行戦略-電化と水素、アンモニア-」の第3章や「CO₂フリー燃料、水素キャリアとしてのアンモニアの可能性」(その1~12)などを参照。

[2]JERAは、碧南石炭火力発電所の4号機(100万kW)でNH3の20%混焼実証を2023年中に開始し、2020年代後半に商用運転を開始する予定。このために米国からCO₂フリーNH3を調達する計画に米国等の企業と合意。より詳しくはhttps://www.meti.go.jp/shingikai/energy_environment/suiso_nenryo/pdf/029_04_00.pdfを参照。また、九州電力も苓北発電所1号機(70万kW)でNH3の混焼試験を開始。(https://www.kyuden.co.jp/press_h230407-1.html

[3]“Net Zero by 2050 – A Roadmap for the Global Energy Sector –”IEA (2021.7)。なお、NH3は、遠距離の外航海運用の船舶燃料、水素は近距離の内航海運用の燃料と考えられている。

[4]NH3の分解速度・効率と生成水素の純度の向上のための触媒の改良、分解プロセス全体の熱バランスの改善やプラント材料の改良等の課題。

[5]液体有機水素キャリア。MCHと考えてよい。

塩沢 文朗|Bunro Shiozawa
元内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」 サブ・プログラムディレクター (NPO法人)国際環境経済研究所 主席研究員
塩沢 文朗|Bunro Shiozawa

経済産業省、内閣府において科学技術担当の大臣官房審議官等を勤めたのち、住友化学に入社。同社で理事、気候変動対策室長などを勤める傍ら、2014~18年に内閣府戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)「エネルギーキャリア」のサブPDとして、水素、アンモニアの製造、輸送、利用に係る研究開発や調査研究に従事。その後も、水素、アンモニアに関する内外のシンポジウムや講演会に参画するとともに、書籍や多くの記事を執筆。趣味は旅行。

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