インターナルカーボンプライシングとは?導入事例や価格の目安を解説

インターナルカーボンプライシングとは?導入事例や価格の目安を解説

目次

    近年、企業における脱炭素の取り組みが加速するなか、「インターナルカーボンプライシング」が注目されています。

     そこで今回はインターナルカーボンプライシングの基礎知識、導入方法や企業による事例について解説します。自社でインターナルカーボンプライシングの導入を任された方や、インターナルカーボンプライシングを導入している事業者に対し、自社ソリューションを提案したい方は是非参考にしてみて下さい。

     インターナルカーボンプライシング(ICP)とは?

    インターナルカーボンプライシングイメージイラスト

    まず本記事のテーマである「インターナルカーボンプライシング」を理解するために、「カーボンプライシング」について確認しておきましょう。

    カーボンプライシングとは、CO₂に代表されるような「温室効果ガス」に価格を付け、排出者を含む各ステークホルダーにそのコストを負担させる仕組みのことです。これにより炭素の価格が「見える化」され、温室効果ガスの排出者に対して「排出抑制を動機づける効果」が見込めます。

    カーボンプライシングは大きく以下の3種類に分類されます。

    1. 政府等の規制団体によって導入されるカーボンプライシング
    2. インターナル(企業内)による自主的なカーボンプライシング
    3. 民間セクターによるクレジット取引

    カーボンプライシングの分類図出典:経済産業省「世界全体でのカーボンニュートラル実現のための経済的手法等を取り巻く状況」(最終アクセス 2022/6/16)

    そして「インターナルカーボンプライシング(IPC)」は、このうちの「2.インターナル(企業内)による自主的なカーボンプライシング」に該当する仕組みのこと。一言でいうと「企業が独自に定める炭素の価格」です。

    インターナルカーボンプライシングの特徴

    インターナルカーボンプライシングは、あくまでも企業による自主的な取り組みであるため、価格を自由に設定することができます。たとえば、ある会社はCO₂排出量1トンの削減に対して8,000円のコストを掛ける価値があると判断する一方、他の会社は2,000円が限界と判断することも。

    インターナルカーボンプライシングの導入目的も様々です。自社事業の低炭素投資の基準として設定することもあれば、将来の低炭素規制への準備と位置付けられることもあるでしょう。目的や導入背景は企業によって異なりますが、インターナルカーボンプライシングの導入件数は年々増加しています。

    国際環境非営利団体の「CDP(Carbon Disclousure Project)」によると、2020年には、インターナルカーボンプライシングを導入済みの企業は世界で2,000社を超え、国内においては250社を突破していることも明らかになっています。

    インターナルカーボンプライシングを導入するメリット

    オフィス街

    インターナルカーボンプライシングの導入にはどのようなメリットがあるのでしょうか?ここでは3つの利点を紹介します。

    1.投資家・評価機関へのアピールにつながる

    昨今、ESG投資の重要性が増すなか、CDP*回答を重視する投資家・評価機関が増えてきています。 インターナルカーボンプライシングはCDPの回答項目に設定されているため、制度の導入は投資評価の向上に直接的につながるでしょう。

    *CDP:英国の慈善団体が管理する非政府組織(NGO)で、投資家、企業、国家、地域、都市が自らの環境影響を管理するための情報開示システムを運営。


    2.顧客へのアピールにつながる

    パリ協定の締結以降、消費者による低炭素化への意識の高まりから、顧客に選ばれる企業であり続けるために自社商品・サービスの低炭素化の必要性が増してきています。 

    しかし社内において炭素価格が明示されていない状況では、低炭素に向けた取り組みはコスト増とみなされ、各部門のアクションプランを検討するうえでの優先度が下げられてしまいます。インターナルカーボンプライシングが導入されることにより、投資判断基準が明確化されるため、社内理解の促進、低炭素目標の達成を早める効果が期待できるでしょう。

    3.低炭素規制への準備

    インターナルカーボンプライシングの適用は、各種規制への準備を進める上でも重要な施策となります。2021年のCOP26直後、経産省より2050年のカーボンニュートラルの実現にむけた枠組みである「GXリーグ構想」が発表されました。参画企業による自主削減目標の達成手段として、排出量取引制度の仕組みが構築される見込みとなっています。参画企業は自主削減目標へのコミットメントが求められる一方、政府補助金での要件化や政府調達やその他制度における優遇措置など、インセンティブが設計されています。

    この枠組みでのなかにおいて、企業が合理的に排出量削減を進めるためには「排出量取引による削減」または「自助努力による削減」のどちらが良いのかを判断する上でインターナルカーボンプライシングの適用は必要不可欠になるでしょう。

    (参考:経済産業省「GXリーグ基本構想」https://www.meti.go.jp/policy/energy_environment/global_warming/GX-league/gx-league.html

    インターナルカーボンプライシングの価格設定

    ではインターナルカーボンプライシングの価格設定はどのように考えれば良いのでしょうか?

    出典:環境省「インターナル・カーボンプライシングについて」(最終アクセス 2022/06/16)

    環境省の資料によると、主な考え方は以下の4つに分類することができます。

    1.外部価格の活用

    1つ目は、外部機関が公表している価格を参照する方法です。

    例えば、IEA(国際エネルギー機関)は2050年のネットゼロに必要な炭素価格の予測値を公表していますが、この数値をそのまま自社の価格に適用することも可能です。 また、国内のクレジット制度であるJ-クレジット制度*による公表取引価格を使用する方法もあるでしょう。価格決定の難易度は易しい手法ですが、企業や業界ごとの特性を考慮していないため、目標達成に向けた実効性は乏しいといえます。

     *J-クレジット制度:省エネ設備の導入や再生可能エネルギーの活用によるCO2等の排出削減量や、適切な森林管理によるCO2等の吸収量を、クレジットとして国が認証する制度。

    2.同業他社価格のベンチマーク

    これは、CDP回答に公表されている同業他社の価格をベンチマーク調査し、社内炭素価格に用いる方法のことを指します。

    類似企業の導入価格を参照する方法のため業界特性は反映されていると考えられ、上述の「外部価格を活用する方法」よりは目標達成に向けた実効性は高いと言えるでしょう。  

    3.低炭素投資を促す価格に向けた社内協議

    これは過去に見送られてしまった投資から、意思決定が逆転した(投資に繋がっていた)であろうインターナルカーボンプライシング価格を算出し、低炭素技術の導入を促すという考え方です。

    自社の実際の過去データによる検討となるため、既出の2つのアプローチよりは妥当性の高いプライシング手段であるといえます。  

    4.CO₂削減目標による数理的な分析

    自社の低炭素に対する取り組みを列挙した上で、対策にかかるコストと累積削減量からインターナルカーボンプライシングを設定する方法です。

    費用対効果の低炭素技術への取組みから着手することが可能であり、最も実効性の高い手法といえるでしょう。

    出典:環境省「インターナルカーボンプライシング活用ガイドライン」(最終アクセス 2022/06/16)

    しかしその一方で現時点でコストを見積もるのが困難な革新技術(水素・アンモニアの利用、DACCS、BECCS、等)の採用が前提である場合は、都度コストを修正していく運用が必要となるのでその点も留意しましょう。

    企業のインターナルカーボンプライシング導入事例

    オフィス内

    では、インターナルカーボンプライシングの実際の導入事例にはどのようなものがあるのでしょうか。ここでは、2つの事例を見ていきましょう。

    1.Microsoft

    世界最大のソフトウェアメーカー・Microsoft社は2020年1月に公式ブログにて、2030年までのカーボン・ネガティブ達成に向けた取り組みを発表しました。

    また同声明の中では、低炭素投資を推進することを目的に、各排出部門からの排出量に応じた資金回収の仕組みとして15ドル/トン(CO₂)のインターナルカーボンプライシングを設定したことを表明しています。 制度は環境サステナビリティチームおよびコーポレートファイナンス部門の協力で設定されており、4半期ごとに管理されています。

     (参考:Microsoft「2030 年までにカーボンネガティブを実現」)

    2.Unilever

    ロンドンに本拠地を置く一般消費財メーカー・Unilever社は、将来的にすべての国の政府で炭素税が導入されることを想定し、低炭素規制への準備として、40ユーロ/トン-CO₂のインターナルカーボンプライシングを設定しています。

    100万ユーロを超えるすべての設備投資決定のキャッシュフロー分析にインターナルカーボンプライシングを適用し、制度を炭素コストの経済影響の「見える化」に活用しています。

     (参考:ユニリーバ・ジャパン「自然エネルギーへの取り組み」)

    インターナルカーボンプライシング導入時のポイント

    PCで仕事をするビジネスパーソン

    最後に、インターナルカーボンプライシング制度の導入のポイントについて確認しましょう。 ポイントは以下の3つです。

    1.導入の目的を明確にする

    インターナルカーボンプライシング制度導入時の最も重要なポイントは、目的の明確化です。導入が自社の低炭素化を加速させるツールであることは間違いありませんが「顧客、投資家、規制主体の誰に、何のために訴求したいのか?」という目的意識を共有せずして、価格は決定できません。

    まずは担当部門、およびトップマネジメント陣でインターナルカーボンプライシングの導入目的を明確にすることから始めましょう。

    2.社内体制を整える

    インターナルカーボンプライシングの設定は全社の業務フローに大きな影響をおよぼすため、社内体制の構築が大事になります。 低炭素技術の導入検討を担当する生産技術部門はもちろん、外部へ低炭素化へのコミットメントを表明する経営企画、投資決定全般に係る事業開発部門、経理部門など、影響を受ける部門は多くあります。

    全社的な擦り合わせが実施されない状況での導入では、効果が出ないばかりか各部門の混乱を招いてしまうかもしれません。そのような状況を避けるためにも、適切な社内体制の構築を心がけましょう。  

    3.将来を踏まえて価格を設定する

    脱炭素に向けた議論は日進月歩で、外部環境の変化によって「適正価格」は刻々と変わっていくでしょう。しかし社内の設定価格が容易に変化するようでは、設定価格を用いながら意思決定を迫られる現場は、困ってしまいます。

    頻繁に価格変更が発生しないよう、ベンチマークとなる価格(EU-ETS、ボランタリークレジット価格、Jクレジット価格など)を定め、将来を踏まえた検討を実施しましょう。今後の定着度にもよりますが、2022年9月から実証開始されるGXリーグ参加企業を対象とした排出量取引市場を参照するのも良いでしょう。

    まとめ

    瓶の中のコインと新芽

    インターナルカーボンプライシングは企業内部で独自に設定・使用する炭素価格のことで、自社の経営を低炭素、脱炭素にシフトしていくためのツールとして注目されています。

    また、「サステナビリティハブ」を運営する日揮ホールディングスでは、サステナビリティな取り組みの1つとして、「カーボンプライシング」のワーキンググループを立ち上げました。編集部が、創設メンバーや参加メンバーにインタビューをおこなった記事も是非参考にしてみてください。


    サステナビリティハブ編集部

    サステナビリティハブ編集部

    サステナビリティに関する情報を、日本から世界に発信していきます。