【コラム】多様な人材は何を共有するのか:視座と視点による考察| 東京工業大学 妹尾大教授
目次
「多様性の向上」は、組織の成長を促進させるうえで近年ますます重要な要素となってきています。今回の記事では、企業経営の研究者である東京工業大学の妹尾大 教授に、企業の成長につなげるために、多様性のあるメンバー間でのコミュニケーションにおいて意識すべきポイントをご紹介いただきました。
はじめに:多様性を組織の成長につなぐ方法
前回の記事(2024年1月9日公開「多様性の可視化によるウェルビーイング向上:企業内革新を経由する道筋の検討」)で、多様性についての考え方と可視化手法について紹介しました。今回の記事では、多様性を組織の成長につなぐ方法を紹介していきます。
多様性(ダイバーシティ)を測定する次元は多数あります。前回の記事では、多様性の2つの文脈である「アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)」と「インハウス・イノベーション(企業内革新)」を紹介し、前者では、人種、民族、性別、性差、性的志向(LGBTQ+)、学歴、年齢などの「人口統計学的な多様性」が測定次元としてとりあげられることが多く、後者では、文化、価値観、専門分野などの「認知的な多様性」が測定次元としてとりあげられることが多いことを指摘しました。
どのような次元であれ、企業に「多様」な従業員が集まったとしましょう。では、そこから次に何が起これば組織は成長するのでしょうか。多様な従業員が互いにどのように協力して働けばよいのでしょうか。「ダイバーシティ&インクルージョン(多様性と包摂性)」を推進する運動では、従業員相互のコミュニケーションの促進が推奨されていますが、何をどのように伝え合えばよいのでしょうか。
この課題に取り組むために、この記事では「視座」と「視点」という2つの異なる概念を用いようと思います。「視座」とは、物を見るときの位置であり視線の始点を指します。「視点」とは、注意して見る箇所であり視線の終点を指します。英語のviewpointが視座と視点の両方の意味で使われることもあり、この2つの概念は混同されることがとても多いのですけれども、この記事では図1のように明確に区別します。
職能別組織と事業部制組織
多様な従業員同士が協力する際の「視座の共有」および「視点の共有」とは、いったい何がどうなることなのでしょうか。ビジネスの場面における具体例を挙げながら説明していきましょう。
視座を共有するとは、視線の始点を共有することです。物を見るときに同じ位置(座標)に目を置こうということです。たとえば、ある企業の製品に対して顧客からのクレームが入ったとします。ひとつの視座であるカスタマーサポート部門では、クレームを「既存顧客の満足度を改善するために解消すべき問題」であると意味づけてこれに対応します。ところが、異なる視座である製品開発部門では同じクレームを「潜在顧客に響く新製品を開発するためのヒント」であると意味づけます。このように視座が異なることで、同じ現象に直面していても生成される意味は異なります。視座を共有するということは、異なる部門の立場とそこでの意味生成を互いに理解することです。
視点の共有とは、視線の終点を共有することです。すなわち見る対象(ターゲット)を共有しようということです。たとえば、ある企業が製品の認証試験を行う際に、主要な利害関係者である株主、従業員、顧客、地域社会のうちのどれを優先するかによって基準の厳格度が変化することが起こりえます。視点を共有するということは、活動の焦点を統一することになります。
経営組織論では、これまで機能別組織と事業部制組織を比較する組織形態の議論が行われてきました。機能別組織(職能別組織と呼ばれることもある)は、開発・生産・販売といった機能に従って分けられた組織形態です。そして、事業部制組織は、製品や地域での事業別に分けられた組織形態です。製品別事業部制であれば小型車・中型車・トラックといった分け方となりますし、地域別事業部制であれば米国・中国・日本といった分け方となります。
視座と視点の概念を導入すると、前者の機能別組織は視座の違いを重視した組織形態であり、後者の事業部制組織は視点の違いを重視した組織形態であるように思われます。なぜならば、機能別組織は事業活動のインプットである資源を固めて持つことでの内部統合メリット(効率)を狙う形態であり、もう一方の事業部制組織は事業活動のアウトプットを焦点化することでの市場適応メリット(有効性)を狙う形態であるとみなすことができるからです。機能別組織では同様の視座を持つ人たちが一緒に働き(だから専門家集団になる)、事業部制組織では類似の視点を持つ人たち同士が一緒に働いています。
機能別組織で同様の視座を持つ人たち同士が長期間一緒に働いていると、その視座が強化され、自部門の利益を優先する「セクショナリズム」に陥りやすくなると言われています。他部門を敵視する「縄張り争い」や「派閥争い」がおこることもあります。他部門に対して無関心となり孤立する現象には、「タコつぼ化」や「サイロ化」という語が使われます。こうなると、全体最適の追求が困難になってしまいます。
こうしたセクショナリズムから脱却するための手法が、ビジネス・プロセス・リエンジニアリング(BPR)でした。いまから約30年前に提唱されたこの手法は、顧客を中心に据えて従来の仕事の流れを再設計するものであり、「縦割りの部門に横串を通す」という表現がしばしば使われました。それまでバラバラの立場(視座)でバラバラの箇所(視点)を見ていた縦割り部門が、顧客という視点を統一することで協力し合うようになったのです。この原理は「人間中心設計」や「デザイン思考」の考え方の中にも認めることができるため、現在でも有効な原理であるように思われます。
視座共有のみに甘んじることなかれ
この記事が取り組んでいる課題を、もういちどここで確認しておきましょう。それは、企業に「多様」な従業員がいるときに、従業員同士が何をどのように伝え合うと「インハウス・イノベーション(企業内革新)」が生まれやすいか、についての仮説を立てることです。
ひとつの思考実験をしてみましょう。鉄道ファンは、こだわりの分野によって分類されることがあり、たとえば乗り鉄、撮り鉄、録り鉄などのグループが存在します。それぞれが、移動者の立場、撮影者の立場、録音者の立場であり、視座が異なっているのだと考えることができます。機能別組織のようなものですね。
鉄道ファンを事業部制組織のように分けるとするならば、製品別ですと、列車、駅、ダイヤ(運行図表)というようになるでしょうし、地域別ですと北海道、東日本、東海、西日本、九州といった具合になりますね。
さて、多様な鉄道ファンを抱える鉄道会社を想定します。現実の日本の鉄道各社は鉄道ファンを採用しないという就職活動の都市伝説がありますけれども、これは架空の話なので、そうした鉄道会社が存在するとします。この鉄道会社で、企業内革新を狙いとした「ダイバーシティ&インクルージョン研修」を実施することになりました。もし、この記事の読者であるあなたが研修担当者だったら、どんな内容の研修をデザインするでしょうか?
構図を単純化するために、研修内容を「視座共有重視」と「視点共有重視」の2パターンに限定します。「視座共有重視」では、自らの実績や得意分野の動向などの自己紹介プレゼンに時間を割いて多様な参加者間の相互理解を目指します。撮り鉄なら自慢の音コレクションはなにか、どんな録音機材がお薦めか、等を報告するでしょう。もう一方の「視点共有重視」では、事業シミュレーションの議論に時間を割いて特定の視点に参加者を誘導します。たとえば能登半島地震後の北陸新幹線の収益向上策を策定する、等の内容です。
視座共有重視プログラムで起こりそうな参加者の態度は、「儀礼的な尊重」です。「へえ、そういう場所から眺める人もいるんだ」と他者の視座を認める態度です。望ましい態度のようにも思えますが、多様な参加者同士が相互不可侵条約を結び、敬して遠ざける結果になりそうです。
視点共有重視プログラムで起こりそうな参加者の態度は、「意味不明の応酬」です。「同じ課題に取り組んでいるのに、どうしてそんな意味不明な意見がでてくるの」と他者の意見に戸惑う態度です。そのまま空中分解して物別れに終わる確率が高い一方で、意味不明な意見が出てくる背景を探る(視座を推定する)行為が生じる可能性もあります。
現象学では、ある同一の対象をさまざまな視座から見ることで得られる個別の見え方を、「射映」と呼んでいます。フクロウの置物を手にとってゆっくり回して眺めると、無限に近いさまざまな現れ(射映)があります。(参考:山口, 2023『現象学ことはじめ【新装改訂版】』) 視点共有重視プログラムで期待できるのが、「そんな意見が出てくるには、どの場所から眺めているのかな」という疑問であり、同一の対象から出てくる他者の射映がどんな視座に由来するのかについて思いを馳せる行為です。
この記事の序盤で先取りしていた提案仮説を繰り返します。組織の「革新的な成長」を狙う場合、すなわちこれまでよりも高次の段階にステップアップするような変化を達成しようとする場合には、多様な従業員同士が視点を共有したうえで視座を共有する必要がある、ということです。
まとめ:視点共有からの弁証法プロセス
以上で、多様性を組織の成長につなぐ方法について紹介してきました。多様な従業員が集まった企業で、過去からの延長線上ではない、高次の段階にステップアップする「革新的な成長」を実現したい場合には、「視座の共有」だけでなく「視点の共有」も促進すべきだというのが、この記事の中心的主張です。
ヘーゲルの弁証法は、命題間の矛盾を使って新しい段階に至る方法論です。正(テーゼ)に反(アンチテーゼ)をぶつけて、合(ジンテーゼ)を生み出します(図2)。先述の思考実験における視座共有重視プログラムでの「儀礼的な尊重」は、それぞれの視座を認め合うだけであり、命題間の矛盾と衝突が生じません。視点共有重視プログラムで期待される「意味不明の応酬」こそが命題間の矛盾と衝突を生む可能性を持つのです。
視座の共有がまったく不要だと主張したいわけではありません。視座の共有で事足れり、とするのでは不十分であり、視点の共有から矛盾を昇華する弁証法にまで持ち込まないことには、組織は新しい段階に飛躍できないと主張したいのです。日本文化では「相手の立場をおもんばかる」や「相手の位置に寄り添う」ことを善とする価値観が強いように感じます。視座の共有だけで満足してしまわぬよう、自覚的になる必要があると考えています。
▸多様性についての考え方や可視化の方法はこちらの記事でご紹介しています