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多様性の可視化によるウェルビーイング向上:企業内革新を経由する道筋の検討

企業×サステナビリティ 働き方
目次

企業の成長を促進させ成果を生み出すためには「ダイバーシティ(多様性)」が重要とされ、多くの組織が多様性の向上に取り組んでいます。しかし「多様性」をいかに実現するかについて明確な指針を持っている組織は少ないのではないでしょうか。

そこで今回は、企業経営の研究者である東京工業大学の妹尾大教授に、多様性の可視化を通して組織のウェルビーイングを向上する考え方をご紹介いただきました。

はじめに:ダイバーシティの2つの文脈

2023年現在、「ダイバーシティ(多様性)」という言葉を目にせぬ日はないほど、この言葉が日本社会に浸透しています。私が研究対象にしている企業経営の領域では、「ダイバーシティ」は次の2つの文脈で使われることが多いという印象を受けています。

ひとつは、「アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)」の文脈です。これまで差別されて不利益を被ってきた人たちの尊厳と被害の回復を図る社会的公正の方針です。もうひとつは、「インハウス・イノベーション(企業内革新)」の文脈です。多様な従業員の雇用により新製品・新サービス・新事業の売上を増やすことを狙う人的資源管理の方針がこれにあたります。

「アファーマティブ・アクション」の文脈で取り上げられるダイバーシティは、人種、民族、性別、性差、性的志向(LGBTQ+)、学歴、年齢などの「人口統計学的な多様性」が多いようです。そして、もうひとつの「インハウス・イノベーション」の文脈で取り上げられるダイバーシティは、文化、価値観、専門分野などの「認知的な多様性」が多く見られます。これらの傾向は、日本社会のなかだけではなく、国際的な学術雑誌や研究発表大会の論文の動向を観察していても同様です。

むろん、この傾向に反して、人口統計学的な多様性とイノベーションの関係を探ろうとする研究も存在します。2006年にデンマークで行われた調査では、企業の従業員の性別の多様性および学歴の多様性がイノベーションと正の関係を示し、年齢の多様性はイノベーションと負の関係を示したことが報告されています。

ただし、発見されたこれらの関係は共変関係(一方が変化すると他方も変化する関係)に過ぎず、相関関係や因果関係の特定は未完了であるようです。2つの変数が共変することを発見しても、それの共変関係が疑似相関ではないことを確認して相関関係であると判断したり、さらにはどちらの変数が原因でどちらの変数が結果なのかを確定して因果関係であると判断したりすることは、社会科学においては相当に難しい作業なのです。

多様性を測定する多様な次元

多様性を測定する次元は、先に述べたように人種、民族、性別、性差、性的志向(LGBTQ+)、学歴、年齢、文化、価値観、専門分野など多岐にわたります。この他にも、多様性を測定する次元はいくらでも増殖可能です。たとえば、「経験の多様性」を挙げることができるでしょうし、これを幼少期・少年期・青年期と分割することもできます。業務経験・業務外経験と分割することもできます。それでは、集団多様性を操作することでイノベーションを促進したいと望む経営実践者は、これらおびただしい数の次元に溺れてしまうほかないのでしょうか?

東京工業大学経営工学系の妹尾研究室では、新製品、新サービス、新事業の開発にかかわるナレッジマネジメント研究を進めています。ナレッジマネジメントとは、ナレッジ(知識)に基づいてマネジメント(経営活動)を実施・分析する分野です。「集団の多様性」も鍵概念としてこれまでの研究に用いてきました。

ダイバーシティという言葉の氾濫を受けて、妹尾研究室が最近開発した教材が「多様性を考えるエクササイズ」です。これは、9種類の図形を用いて参加者に集団編成の疑似体験をしてもらい、編成した集団の多様性を異なる計算方法で複数回測定してもらうことで、参加者の「集団の多様性を認知する能力」を向上させることを狙う教材です。

「集団の多様性を認知する能力」とは少々ややこしい表現ですので、この教材がターゲットとしている参加者を描写したうえで、その内容を説明します。

1.教材のターゲット

ターゲットは、何らかの新機軸を打ち出すことを期待されているイノベーション・チームのリーダーです。このリーダーにはメンバーを招集したり入れ替えたりする権限が委ねられているとします。さらに、このリーダーは定型化したルーティンワークでは成果を出していた「一致団結、阿吽の呼吸」の同質的チームでイノベーションに臨んだものの、成果を出せずに失敗しているとします。「次こそは多様性の高い集団を編成して名誉挽回だ」と意気込んでいるわけです。

さて、このリーダーは集団編成の際に悩みます。いったいどういう基準でメンバーを選定すれば「多様性の高い集団」になるのだろうか。外国人を入れる?男女比率はどのくらい?エンジニアとデザイナーを混ぜる?それともそれとも?悩みは深まります。

インターネットで論文を検索したこのリーダーは、きっと先述のデンマーク調査報告論文を見つけます。(有名学術誌に掲載されており、引用数も多い論文ですから。)しかし、決定打となるヒントを得ることができません。このような状況に陥ったリーダーが、なげやりになって1つの次元にオールイン(全賭け)するのではなく、集団多様性の複数の次元を納得いくまで検討できるように、視野を拡げてもらいたいのです。


2.エクササイズの進め方

図1 9つの図形

「多様性を考えるエクササイズ」教材は、複数の参加者で用います。エクササイズは(1)選択、(2)品評、(3)計算、(4)気づきの共有、の4ステップで構成されています。

(1)選択、では、最も多様度合が高いと考える集団を作成するために、9個の図形(図1参照)から5個の図形を各々の参加者が選びます。

(2)品評、では、各々が作成した集団を出品して、品評します。その際に「自分は何を考えて5つの図形を選択したか」を発表し、「周りの人が作成した集団の多様度合いは本当に高いかどうか」を吟味します。

(3)計算、では、各々が作成した集団の多様度合いを、エクササイズ講師の指定した複数の特定の次元を用いて計算します。複数の特定の次元、たとえば6つの次元のそれぞれで多様度合いが計算できたら、そのなかの3つの次元の合算値と、残りの3つの次元の合算値を比較します。たいていの場合は、これらの合算値には違いが出ているはずです。

(4)気づきの共有、では、エクササイズ体験を振り返り、各々が得た気づきを共有します。

このウェブ記事の読者のみなさんも、試しに図1の9個の図形から5個の図形を選び出して、最も多様度合が高いと考える集団を作成してみてください。そして作成が完了したら、何を考えて図形を選択したのだろうかと自問してみてください。

記事を読んでいるのは、おひとりの時でしょうから、品評のステップは省略して、計算のステップに進みます。

実際のエクササイズでは、計算を簡単にするための表を配ります。その表には、6つの次元と、それぞれの次元で測定した際の9つの図形の値が示されています。たとえば「角の数」次元では1,2,9の図形が値3で一致し、5,6,8の図形が値4で一致しています。「枠内の色」次元では1,6,7が無色で一致し、2と3が青、4と5が緑で一致しています。

ここから多様度合いを計算します。自分が選んだ5つの図形のうち、「重複していない図形の数」を多様度合いの計算値とします。ここまでの試行で、教材のだいたいの輪郭を把握していただけたのではないでしょうか。「角の数」次元と「枠内の色」次元以外には、「枠内の色」、「縦横比」、「周囲の長さ」、「左右に畳んだ際の角の数」を挙げています。もちろんさらに多くの次元を追加することも可能です。

このエクササイズを実際に体験した参加者からは、「自分たちが考えたこともないチーム編成のやり方について考えさせてもらった、どうやって取り入れて行けるかはわからないが持ち帰ってとりあえず話し始める」、「どうやれば同僚に伝わるだろう」といった感想が寄せられています。この感想に接して、参加者の「集団多様性を認知する個人能力」の向上ばかりでなく、参加者の周囲にいる未参加の人も巻き込んでの「対話を通じて集団多様性という現実を社会構成する組織能力」の向上もさせうる、という希望も見えてきました。

集団の多様性をとらえる分断線

集団多様性を考察する際の有用な概念のひとつとして紹介したいのが、「フォールトライン」です。地質学の断層線のアナロジー(類推)で名づけられたこの概念は、「ひとつのグループを1以上の属性に基づいて、サブグループに分割する仮説的な分断線」と定義されています。

なぜ私がこの概念を読者のみなさんに紹介したいのか。その理由は2つあります。フォールトラインの定義の文中にある「1以上の属性」と「サブグループ」という語がそれぞれの理由を端的に表しています。

「1以上の属性」という語は、1だけでなく2つの属性も3つの属性も扱いうることを示唆しています。認識される側のメンバーにとっての属性は、認識する側のリーダーにとっては次元です。先に紹介した「多様性を考えるエクササイズ」では、複数の次元のそれぞれで多様度合いを計算しました。こちらのフォールトラインでは、一歩踏み込んでおり、集団に分断線を引く際に複数の次元をそれぞれにではなく同時に考慮しています。たとえば、年齢の次元と職種の次元を同時に考慮し、「若年の営業職」と「老年の事務職」の間に分断線を引く、という具合です。

「サブグループ」という語は、フォールトラインで分断されて行き着く最小構成単位が「個人」ではなく「集団」であることを示唆しています。新たな知識の創造には間主観性(複数の主観の間でこそ客観性が成り立つという思想)が欠かせないと考えている私にとって、この最小構成単位のとらえ方はとても魅力的です。

では、フォールトラインに関連する集団変数は、集団の成果にどのような影響を与えているのでしょうか。これまでの論文では、「フォールトラインの強さ」、「フォールトラインの距離」など多くの変数が提案されており、これらが「情報共有」、「創造性」、「意思決定」などの集団成果に与える影響が分析されています。

しかしながら、正の影響(フォールトラインが中程度の強さだとサブグループへの帰属意識の高さとサブグループ間の情報多様性の存在が学習行動を強める、など)と負の影響(フォールトラインが強いとサブグループ間の対立のために情報共有が減る、など)のどちらも報告されており、「どのように多様なチームが、イノベーションをより起こしやすいのか」という問いへの決定的な答えは出ていません。

それでも、1つの次元に執着して集団多様性を測定しようとするよりは、人が複数の属性を持っているという事実から目を背けていないフォールトラインの概念を用いるほうが健全だと思います。

まとめ:人に幸福感をもたらす多様性の可視化

世界保健機構(WHO)の定義によると、ウェルビーイングとは「肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態」のことです。

この記事の冒頭に戻って、「ダイバーシティ」の2つの主要文脈である「アファーマティブ・アクション(積極的格差是正措置)」と「インハウス・イノベーション(企業内革新)」のそれぞれについて、多様性の高い集団の編成と、集団成員個々人のウェルビーイング向上との結びつきを考えてみたいと思います。

前者の文脈は、これまで差別されて不利益を被ってきた人たちの尊厳と被害の回復を図る社会的公正の方針ですから、多様性の高い集団を作ればこれまで疎外されてきた被害者のウェルビーイング向上に直接的な影響を与えることは間違いないでしょう。

ところが後者の文脈は、多様な従業員の雇用により新製品・新サービス・新事業の売上を増やすことを狙う人的資源管理の方針ですから、従業員のウェルビーイング向上に対しては「所属企業の売上増加による従業員の安心感増大」などの中間経路を介した間接的な結びつきしか想定できません。多様性の高い集団を作っただけではダメであり、その集団が売上増大を実現しないことには従業員のウェルビーイングは向上しないと論理づけされます。

ただ、ここで申し上げたいのは、「アファーマティブ・アクション」の文脈で語られるダイバーシティのほうが、「インハウス・イノベーション」の文脈で語られるダイバーシティよりも社会変革の引き金として優位性がある、というような主張ではありません。目的がイノベーションであったとしても、その目的を達成する手段として多様性の高い集団を作成する過程での副産物としての「多様性の可視化」がウェルビーイング向上に寄与する可能性を指摘したいのです。

誰かが提唱する「多様性」を金科玉条としてそれに盲従してしまうと、ひとりの人が多くの属性を持っていることを忘れてしまうのではないかと危惧しているのです。極端な例を挙げるとするならば、多様なチームを作るためにLGBTQ+をひとりずつ計6人配備することに血眼になるリーダーは、「性的指向の多様性」の虜になってしまうあまりに、他の次元での多様性を見逃してしまうだろう、ということです。

手間はかかるものの、多様性を測定する多様な次元を検討したり、フォールトラインを引いてみたりすること、すなわち多様性を可視化する努力をすることで、リーダーも周囲の人も「アンコンシャス・バイアス(無意識の偏見)」に気づきやすくなり、ウェルビーイングが向上するのではないでしょうか。


妹尾 大|Dai Senoo
東京工業大学 工学院 経営工学 教授
妹尾 大|Dai Senoo

1998年一橋大学大学院商学研究科博士課程単位取得。北陸先端科学技術大学院大学知識科学研究科助手を経て、2002年から東京工業大学大学院社会理工学研究科助教授。現在、東京工業大学工学院経営工学系教授。2023年より一橋大学ソーシャル・データサイエンス学部教授を兼任。専門分野は経営組織論、経営戦略論、情報・知識システム。趣味は日本酒の飲み歩きと、飼い猫2匹の毛梳き。

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