スポーツとサステナビリティ 0

スポーツとサステナビリティ

目次

    地球温暖化の進行により異常気象が日常化しつつある中、スポーツの現場にもその影響は確実に広がっています。試合や大会の運営、選手の体調管理、観客の安全など、多くの側面で「気候」が無視できない時代になってきました。スポーツを未来につなぐために、私たちは今何を見つめ直すべきなのでしょうか。

    そこで今回は、読売新聞 東京本社 編集委員である川島 健司 氏に「スポーツとサステナビリティ」について解説していただきました。

    Jリーグと気候変動

    サステナビリティといわれて、スポーツ界でまず思い浮かぶのは、地球温暖化による気候変動の影響だろう。

    異常気象の影響はJリーグ戦にも

    例えば、Jリーグが2024年に出した資料によれば、大雨による公式戦の中止試合は17年までは年平均で約2・0試合だったが、18年から23年にかけては、約9・5試合となった。元々、少々の雨なら行われる競技だけに、異常気象が増えていることがうかがえる。

    また、Jリーグは春に開幕して秋にシーズンが終わる春秋制を1993年のスタート以来、続けてきたが、26~27年からは秋に開幕して翌年の春に終了する秋春制へと移行する。その一つの要因として、近年の猛暑による選手のパフォーマンスの著しい低下が挙げられる。

    暑さの影響で高強度の走りが減っていることは、データにも現れており、より内容のあるサッカーを展開するために、できるだけ真夏の試合を少なくしたい意向がある。

    気候変動への取り組み:Jリーグに新設されたサステナビリティ部

    Jリーグでは23年に「気候アクション」と題して気候変動への取り組みを本格化させ、サステナビリティ部も新設した。Jリーグの24年の年間総入場者数は、過去最多の約1254万人を記録。J1からJ3まで日本の47都道府県中、41都道府県に計60ものクラブが存在する。

    しかも、地域密着を旗印に始まったリーグであり、各クラブは年間で計2万3000回ものホームタウン活動を行っている。全国津々浦々のクラブが、各地固有の事情も勘案しながら、それぞれの地域にあったやり方で地球温暖化対策を実施していけば、12球団によるプロ野球と比べても、その広がりは大きなものになる。

    ヨーロッパの名門クラブが見せる”脱炭素“の覚悟

    環境問題への取り組みという点では、サッカーが盛んな欧州のクラブの取り組みがやはり参考になる。Jリーグの前専務理事で東京大学特任教授の木村正明氏によると、「ヨーロッパのクラブのアニュアルレポート(年次報告書)を見ると、CO2削減のことばかり書いてある。脱炭素というのが、完全にトレンドになっている」という。


    そのことが実感できるイベントが24年7月、東京都内で行われた。シーズン開幕前のツアーで来日中だったイングランド・プレミアリーグのトットナム・ホットスパーの役員らが参加した「サステナビリティカンファンレス」だ。午前、午後の2部制だったが、企業やスポーツ団体関係者など、両回とも約100人が出席し、日本国内でも関心の高いことがうかがえた。

    「最もグリーンなクラブ」として知られる、トットナム

    トットナムは、24~25年シーズンは故障者続出でリーグ下位に沈むが、J1横浜F・マリノスやスコットランドのセルティックをリーグ優勝に導いたアンジェ・ポステコグルー監督が指揮するロンドンの名門クラブで、プレミア「6強」の1つとされる。
    また、環境問題への取り組みを評価する「スポーツ・ポジティブ・リーグ」というランキングでは、4年連続でプレミアリーグ1位を獲得するなど、サステナビリティへの取り組みに熱心で、「最もグリーンなクラブ」として知られている。

    トットナムでは、30年までに温室効果ガスを半減し、40年までには実質的に排出をゼロにすることを目標に掲げる。エグゼクティブマネジャーのドナ・マリア・カレン氏は、「地球に対する最大の脅威は、ほかの誰かが地球保護活動をやってくれるとみんなが思ってしまうこと」と指摘した。
    クラブで行っている具体的な施策としては、試合会場でのプラスチック製の食器の使用禁止、ホームスタジアムや練習場の100%再生可能エネルギーによる運営、すべての選手を対象にした環境問題に関する啓蒙活動の実施――などを挙げた。試合中の選手の飲水にもペットボトルは使用していない。カレン氏は、「たしかにお金はかかるが、逃げ道はない。長期的な視点でやっている」と話した。

    ダニエル・レビ会長は、「クラブには人に与える力がある。最もグリーンなクラブであれば、多くのスポンサーが注目して、一緒に仕事をしたいと思ってくれる」と、環境問題への取り組みがビジネス面にも好影響を与えている現状を紹介した。世界最高峰のリーグの中で注目される人気クラブの責任感と誇りが感じられた。

    スポーツ運営における環境配慮

    Jリーグによるサステナビリティな取り組み

    Jリーグでも、J2の水戸ホーリーホックが「GX(グリーントランスフォーメーション)プロジェクト」として、ホームタウン内にある耕作放棄地に太陽光パネルを設置し、その下で農作物の有機栽培に取り組み始めるなど、各クラブがこれまでの活動で培ったノウハウを生かしてユニークな取り組みを行っている。

    リーグ自体も、希代のテクニシャンだった元日本代表の小野伸二氏を特任理事として迎え、彼がメイン講師として全国各地を回って、子どもたちにサッカーの面白さを体験してもらう企画「スマイルフットボールツアー」を開いている。
    このツアーは副題が「for a Sustainable Future」といい、実技を楽しんだ後には、子どもたちに気候変動とサッカーの関係を知って、この先もサッカーを楽しめるようにどんな気候アクションを起こしていけばいいのか、考えてもらう時間を設けている。スポーツ選手の持つ強い発信力と影響力を生かした、地味だが大切な取り組みだ。

    都市型スタジアムとCO2削減の関係性が面白い

    少し違った視点で見ると、24年にJ1サンフレッチェ広島と、J2V・ファーレン長崎のホームスタジアムが、両市内の中心部に相次いでオープンした。いずれも最寄りの鉄道駅から徒歩圏にあるが、東大の木村特任教授によると、これもサステナビリティに大きく関わるという。

    大谷翔平選手の活躍で日本でもおなじみの大リーグのロサンゼルス・ドジャーズのホームスタジアム周辺には、公共交通機関がないため、広大な駐車場が用意されており、観客の交通手段は基本的に車になる。

    それに比べ、サッカー界でトレンドになりつつある街中スタジアムの場合、鉄道やバスでの往復が可能。環境への影響という点でいえば、試合のたびに数万人の観客が利用するだけに、「一気にCO2排出量が減って、その価値は高い」のだという。

    CO2削減より体調管理?プロ選手の移動が抱える矛盾

    一方、難しい問題をはらんでいるのは、選手の移動だ。3年前に話題になったのはフランスの強豪、パリ・サンジェルマン(PSG)のクリストフ・ガルティエ監督と、所属していたフランス代表のエース、キリアン・エムバペ(いずれも当時)についてだった。

    アウェーでのナント戦に、専用機で移動したPSGの判断について、「TGV(高速鉄道)を利用するべきだったのでは」と記者会見で質問が出た際、2人がジョークでごまかすなど、まともに答えなかったことが批判された。近年、大規模な山火事の発生が相次いでいる欧州では、温暖化への危機感は強く、大量の燃料を消費する飛行機の利用には反発がある。
    2人の態度には問題があったし、パリとナントは東京―名古屋間ほどの距離で、鉄道でも時間はさして変わらないだろう。ただ、プロのチームが選手の体調管理を最優先させようと考えれば、専用機という選択肢もありうるのかもしれない。

    太平洋岸から大西洋岸までの移動もある大リーグなら飛行機以外の選択肢は考えられないだろうが、何キロ以上なら飛行機移動が許され、誰がそれを判断するのか。あまりCO2削減ばかりにとらわれると、「だったら夜間の照明ももったいないから、昼間に試合をしろ」ということにもなりかねない。

    プロスポーツには、一般の人々の余暇時間に、一流選手の最高のプレーを見てもらう興業という側面があるのは間違いなく、正解は簡単には出そうにない。

    気候変動が競技そのものに与える影響

    ウィンタースポーツと温暖化の深刻な関係

    さて、地球温暖化の影響を受けている競技の代表的なものとして、スキーなどのウィンタースポーツが挙げられる。アルペンスキーの選手として長野大会以降の冬季五輪に4回連続出場し、男子回転で4位入賞の実績もある皆川賢太郎氏は、現在は日本オリンピック委員会(JOC)の選手強化部門のサービスマネジャーを務める一方、岩手県内のスキーリゾートの顧問として経営にも携わる。

    小学生の頃から、選手として夏にオーストリアの氷河で練習する機会があったという皆川氏は、現役だった約20年前にその氷河が後退しているのを目撃。さらに引退後に訪れるとゴンドラの終点でも岩肌が露出していたのを見て、温暖化の深刻さを実感したという。

    「スキーヤーは雪がなければレースができなくなる」と危機感を覚えた皆川氏は、21年に設立した一般財団法人「冬季産業再生機構」でJOCアスリート委員会などと協力して「SAVE THE SNOW」というプロジェクトを始め、北海道で植林を行うなど、環境保全活動に力を入れている。
    日本国内でも、温暖化で標高の低い場所にあるスキー場は積雪が減り、年間の稼働日数が100日を切って、廃業せざるを得ないところも出てきている。

    欧州などの雪不足はより深刻で、カナダのウォータールー大学などのチームは22年、「このまま温暖化ガスの排出が続けば、過去に冬季五輪を開いた21都市のうち、21世紀末に再び五輪を開催できるのは札幌だけになる」という衝撃的な研究結果を発表した。冬季五輪競技の存続のために、気候アクションを起こすのは待ったなしというのが現状ということだ。

    五輪の環境対策が引き起こす課題

    とはいえ、先ほどのPSGの話ではないが、スポーツ大会を開く際に環境問題へ配慮するあまり、肝心のアスリートのパフォーマンスに影響が出るようなことになると、今度は大会を開催する資格があるのか、という話にもなってくる。
    24年のパリ夏季五輪でも当然、組織委は100%再生可能エネルギーの利用や、ペットボトルの持ち込み禁止など、環境に配慮した取り組みを数多く行った。

    ただ、トライアスロンの水泳を行ったセーヌ川では、水質がよくなったことをアピールするはずが、泳いだ選手の体調が悪化したことがあった。選手村では基本的にエアコンはなく、床下のパイプに水を通すことによる冷却装置を用意したが、近年のパリは猛暑の日も多く、体調悪化を懸念して自前でエアコンを持ち込んだ国もあった。
    組織委の姿勢も理解できるが、五輪は4年間準備をしてきた選手たちが、心身ともに最高の状態でその成果を披露する舞台で、本来は「アスリート・ファースト」であるべきであり、不満も多く出た。

    五輪の持続可能性は誰のため?開催都市と運営の課題

    話は変わるが、パリ大会に続く五輪となる26年のイタリアでのミラノ・コルティナダンペッツォ冬季五輪の開催会場は、4か所に分かれており、日本にいるとピンと来ないものの、その会場を結んだ面積は四国よりも広いという。

    分散開催と既存施設の活用は解決策となるか?

    五輪のためにわざわざ新規の施設を造るのではなく、既存施設を活用することにした影響だ。五輪憲章では基本的に一つの都市に開催権が与えられることになっており、そこには選手村が造られて、各国の様々な競技の選手が一堂に会して交流することで、「卓越」「友情」「尊敬」という五輪の価値観を体現する一助となるとされてきた。

    今年6月で退任する国際オリンピック委員会(IOC)のトーマス・バッハ会長が、選手村を「大会の心臓が脈打つ場所」と形容するのはそういう理由だが、これだけ広範囲になっては、他競技の選手との交流はおぼつかないだろう。
    ただ、五輪を見つめる開催国の一般市民の視線は、以前より厳しくなっており、今後の五輪は夏冬を問わず、無駄な税金の支出を避け、既存の会場をできるだけ活用して、分散的に行われる傾向が強まるだろう。

    3月に行われたIOC次期会長選は、ジンバブエのカースティ・コベントリーIOC理事が女性として初の当選を果たしたが、立候補した7人の中には、国際体操連盟の渡辺守成会長のように、「五輪は5大陸で分散開催すればよい」と主張する人物もいた。

    開催都市の負担と市民感情の変化

    様々なスポーツを同時に行う総合競技大会は、それだけ開催都市への負担が大きい。26年の9~10月に愛知県を中心に行われるアジア競技大会では、経費節減のために選手村を造らず、アスリートは移動式の仮設施設や、名古屋港に停泊するクルーズ船などに宿泊することとした。

    最も規模が大きいのはやはり夏季五輪で、1万人以上のアスリートに加えて、報道関係者や観客も加わるため、交通、宿泊を含めて一都市にかかる負担は過剰になる。巨額の税金を使い、後に残るのが「ホワイト・エレファント」と呼ばれる、あまり活用されずに維持費だけがかかる施設ということなら、五輪開催に一般市民の理解を得ることは難しくなる。

    21世紀に入り、夏季五輪のホストとなったのは、過去に開催経験のあるアテネ、ロンドン、東京、パリといった首都の大都市が多い。それだけ開催能力のある都市は限られている。
    14年のソチ冬季五輪には5兆円もの資金が投入されたとされ、北京は08年夏季、22年冬季の両五輪を開いた初の都市となったが、ロシア、中国では基本的に、住民による反対運動などは国家的事業の推進に大きな影響を与えない。
    30年冬季五輪の開催を目指した札幌が、東京五輪に絡んだ汚職事件への反感などもあって、招致を断念したように、露中などとは異なり世論に敏感にならざるを得ない国から五輪開催に手を挙げる都市が今後も出てくるのか、持続可能性には疑問が投げかけられている。

    IOCも危機感を持っており、元々は大会の7年前に決めることになっていた開催都市を、興味を示した候補のうち有力なところがあれば、いわば「青田買い」することとした。32年夏季五輪は豪州のブリスベンで、34年の冬季五輪は米ソルトレークシティーで行うことが既に決まっている。
    ただ、ブリスベンの開催計画作りは難航し、21年の開催地決定から4年たった今年3月になって、メイン会場は既存のものではなく新設することが決まるなど、迷走気味だ。

    サウジアラビアが描く未来の五輪像

    五輪については、サウジアラビアが、国策として将来的な脱石油・脱炭素を目指す「ビジョン2030」を打ち出したムハンマド・ビン・サルマン皇太子の下、開催に意欲を見せているとも伝えられる。

    実際、サウジは巨大スポーツ大会の積極的な誘致を続けており、34年のサッカー・ワールドカップ(W杯)開催権は既に手中にし、29年には冬季アジア大会を開くことも決定した。砂漠のイメージが強いサウジだが、北西部の山岳地帯で開発中の人工都市「ネオム(NEOM)」で行うという。

    中東での冬季アジア大会開催は、もちろん初めてのことだ。スポーツ大会の中東開催といえば、22年のカタールでのサッカーW杯が思い起こされるが、この際は猛暑を避けるために11~12月の開催となり、天然ガス資源が豊富な国らしく、スタジアム内には冷房が設置されていた。
    34年のサウジW杯も同じような仕様で行われるのか。いずれにせよ、サステナビリティという言葉の意味を考えさせられる巨大大会が続くことになりそうだ。

    川島 健司 Kenji Kawashima

    読売新聞東京本社編集委員

    川島 健司 Kenji Kawashima

    1963年、東京都生まれ。87年に早稲田大学法学部を卒業、読売新聞東京本社に入社。宇都宮支局、地方部を経て91年に運動部。97~2001年にはロンドンを拠点に主に欧州のスポーツを取材。運動部デスク、部長を経て、14年から編集委員。17~21年は、東京オリンピック・パラリンピック準備室長を兼務した。サッカーのワールドカップは、男女合わせて7大会を取材。昨年から読売新聞のポッドキャスト番組「ピッチサイド」でサッカー元日本代表の槙野智章さんとMCを務めている。

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