東大・平尾教授とひも解く繊維リサイクルの今~第1回・循環型ファッションの実現は課題だらけ?!~
事例 佐久本太一シリーズ インタビュー 繊維リサイクル
私たちの誰もが毎日身に着ける衣服。日本で販売されている衣服のほとんどは海外からの輸入品ですが、トレンドの移り変わりは早く、ファストファッションをはじめとする安価なアイテムの普及は「廃棄される衣服の増加理由」になっています。廃棄された服を無駄にしないために大切なのは「リサイクル」です。
”洋服が、再び衣類やその原料(糸など)に生まれ変わる循環型社会を作りたい”。 そんな思いを胸に抱いたのは、日揮ホールディングス株式会社の社員である佐久本。
今回は、繊維産業の持続可能な未来をつなぐため、日揮ホールディングスと東京大学、帝人などと共に設立したワーキンググループを率いていらっしゃる東京大学の平尾教授に、「循環型社会作りにおける衣服特有の課題」についてインタビュー形式でお話を伺いました。(全4回)
平尾 雅彦:東京大学 先端科学技術研究センター 教授 工学博士 (写真右) |
ライフサイクルアセスメントを通じて、消費と生産パターンの変革を目指した研究をおこなっている。製造・輸送・回収・リサイクルの技術から、生産者や消費者への情報提供、社会制度の設計などのフレームワークづくりも。 サイクリングと、愛犬(長野県天然記念物の川上犬)との散歩が趣味。学生時代には、キャンピング自転車で岐阜県大垣から島根県出雲までを走破。 |
佐久本 太一:日揮ホールディングス株式会社 サステナビリティ協創部 (写真左) |
沖縄県出身。学生時代は木質バイオマス分解菌の遺伝子分析や、次世代シーケンサーを用いた菌叢解析などを研究。2019年に日本エヌ・ユー・エス株式会社に入社後、日揮ホールディングス株式会社 サステナビリティ協創部に出向し、廃繊維・廃プラスチックの資源循環ビジネス開発を担当。ダイビングとプロレス観戦が趣味。故郷の沖縄でも資源循環を達成し、美しい自然を守るのが夢。一緒に達成する持続可能なパートナーも募集中。 |
ライフサイクルアセスメントとは?
大学時代には、化学工学分野でのプラントシミュレーションを研究していました。大学院修了後は1度企業に勤めましたが、その後また大学に戻り、「環境に配慮したプロセス設計やものづくりをやらないといけない」と考えていたんです。そこで出会ったのが「ライフサイクルアセスメント(以下、LCA)」という手法でした。
ライフサイクルアセスメントとは、ある製品やサービスのライフサイクルにおける環境負荷を、定量的に評価する手法のことです。つまり、ライフサイクル全体またはどこか特定の段階において、どれくらいの環境負荷があるかを明らかにすることができるということですね。
はい、1996年です。その前年はペットボトルなどのリサイクルに関する「容器包装リサイクル法」が制定された年でした。そこで第1期生の学生に「LCAというものがあるらしいから研究しよう」と提案し、ペットボトルのリサイクルが環境にとって本当に良いことなのかを評価できないか?という観点も合わせた研究課題になりました。
こうして初代学生のテーマが、ペットボトルのリサイクルのLCAになったわけです。 日本語の論文として発表しましたが、この手の界隈においては比較的早く研究していたのではと思います。
いやいや、サステナブルなんておこがましいですよ。サステナブルは範囲が非常に広く、この研究分野だけで「サステナブルな分野」と言い切ることはできません。私の役割は、LCAを用いて環境負荷の面から環境に良いプロセスを考えていくこと。近年は環境負荷の中でも特にCO2に目が向けられていますよね。
決してメジャーではなかったです。80年代後半くらいから始めた研究者の方もいますが、90年代はまだ専門家だけにおける世界だったのではないでしょうか。
私はペットボトルの後は普通のプラスチックのリサイクルについても研究しました。LCAを研究すると、環境負荷の評価のために技術も調べなくてはいけないので、ペットボトルやプラスチックのリサイクル技術も随分掘り下げることになりました。 容器包装のLCAは今も続けている研究で、私が1番長くやってきた研究です。
「繊維製品」 はライフサイクルの把握が困難である
衣服のライフサイクルは、他の製品と比較すると情報が少ないんです。車を例に挙げてみましょう。車は何万点という部品を使用していますが、どのメーカーと関係会社によって製造されているかが明確ですよね。鉄でできていようがアルミでできていようが、ある程度の追跡ができるため、製品の環境負荷を正確に評価することができます。
では衣服はどうでしょうか。衣服はそもそも、「代表的な製品」を選ぶのが難しいんです。車は「何人乗りの排気量○○ccの自動車」のように代表的な製品を決めることが容易で、その製品を構成している部品も、先ほど伝えたようにほぼ把握することができます。 しかし、衣服は誰一人として同じものを着ていませんよね。
たとえばTシャツは世界中の人が着ているメジャーな衣類かもしれないですが、Tシャツが代表的な衣服製品なのかというと、また少し話が違ってくるんですよ。なぜかというとTシャツの素材は製品によって違いますし、たとえ素材が分かったところで製造工程まで分かるかというと、そうではありません。
車と違い「このメーカーさんのTシャツだったらどこ産の糸が使われ、このような製造工程を経ている」ということすら、繊維製品は分からないのです。石油製品でも、石油の産地などだいたいの代表的な場所は分かりますが、木綿の糸がどこ産の糸か表示していることってほとんど無いですよね。縫製工場のある国の名前しか書かれていないことが多く、それ以上は遡れないのです。それが繊維製品と他の製品との違いだと言えます。
たとえば衣服の作り方に関する本を読めば、糸づくりから布地にした後、染色の作業を経て、裁断して縫製すると衣服ができ上がる・・・ということは分かります。それからいろいろな流通を通して消費者の手元に届きますが、誰もが知るような大手ブランドさんならまだしも、普通の町の衣料品屋さんなどで売っている衣服というのは、どこで生産されてどのようにそこまで流通してきたかは分かりません。
小伝馬町の辺りに行くと、衣服の問屋街がありますよね。ただ、その方々もきっと「上流の製造に関する情報」は全く持っていないと思います。お客さんと接する人たちが「この製品はこういった工程を経て店頭に並んでいる」と言えないのです。 ライフサイクル工学的な発想で何かを調べて分析しようと思っても、情報が分散してたり、そもそもの代表的な情報がなかったりするのはつらいところなんですよ。
LCAの観点から見た、サステナブルファッションの定義
出典:環境省「サステナブルファッション」(最終アクセス 2022/10/21)
実は、完璧に評価するのは難しいんです。先ほどの話に絡めると「ポリエステル」は、原油からの精製・合成プロセスがよく分かっているため、サプライチェーンがどんなに長くても環境負荷をある程度把握することができます。 一方で「天然繊維」は、地域によって綿花栽培の仕方、羊の育て方、農家さんの規模も違うんです。 大規模栽培で過剰に肥料や薬品を使っている・・・という話もたまに耳にしますが、これに関しては肥料や薬品を使っている人もそうでない人もいます。
つまり、同じ綿でも綿花栽培の時点で環境負荷に違いがあるということです。栽培のあとどうやって採っているのか、縫製工場でどのようなことをし、どのような染め方をしているか。天然繊維は、それぞれの過程が製品によって大きく違うことが予測されます。
有機栽培と環境負荷の低さはイコールではなく、オーガニックコットンの環境負荷がどのくらい低いのかは、実はあまり明確ではないんです。オーガニックコットンを謳っていなくても、きちんと環境に配慮しながら生産をしているところもあれば、反対に相当ひどいこともあるのが現状です。社会として、現地の労働者や労働環境、たとえば児童労働をおこなっているという問題は指摘されつつも、サプライチェーンからすこし離れてしまうと、その現実が見えなくなってしまうのは普通なんです。
2013年にバングラデシュの縫製工場が入っていたビルが崩落してしまった事故*がありました。ああいう環境で働いている人たちのことが見えていないんです。でも世界には、しっかりと整った環境で働いている人もいます。製品が辿っていくルートによって存在するこの差異が、繊維製品全般において明確に分かることはありません。天然繊維or合繊繊維という問題以外にも、です。
* ダッカ近郊ビル崩落事故:2013年4月、バングラデシュの首都ダッカで、8階建ての商業ビル「ラナ・プラザ」が崩壊した事故。死者1,134人、負傷者2,500人以上の多くが、このビルに入っていた縫製工場で、低賃金かつ劣悪な環境のもと働いていた若い女性たちで、ファッション史上最悪の事故とも呼ばれています。(参照:CNN「バングラデシュのビル倒壊、死者増加は残骸処理の重機原因か」)
天然繊維は、先ほどもお話ししたように特に栽培地における環境などの差は不透明なところがあります。たとえ天然繊維でも環境に良くない生産工程を経ている製品だと、そのLCA評価は合成繊維より悪いかもしれません。
温室効果ガス(CO2)排出量を中心としたデータの平均値でいえば、ポリエステルよりも綿の方が若干環境負荷は低いと言われています。しかしこれは、あくまでCO2を指標とした場合です。環境負荷はCO2だけでは無いということが大事だと思っています。
環境負荷は単一の要素では評価できない
環境負荷の話で言うと、水は、おそらく綿の方がずっと多く使っているでしょう。水が比較的に潤沢ではない地域で栽培をしていると、水の大量消費が環境に与えるインパクトはより大きくなります。
今、日本は気候変動への対策が政策的にも重視されているため、温室効果ガスの排出を評価するためにLCAを使うことが多いです。水なら、近隣の水を消費するという面もあれば、それを排出した際に近隣の淡水域や海水域に対する影響はどうなっているかという面も、当然評価しなければいけないことになっています。
CO2削減ももちろん大切ですが、そのほかの要素も合わせて評価することに意味があるんです。
とある企業の方が「日本の企業はCO2排出量しか聞いてきませんが、欧州のメーカーさんに出荷しようとするとそれ以外の環境要素も全て調査済みでないと受け入れてくれない」と言っていました。
LCAという手法自体は、解決方法を示すことが目的ではありません。求められるのは、最終的に評価を見て、総合的に判断することです。全ての項目を金額に換算して統合評価するという方法もありますが、これはあまり支持されていません。それよりも、各項目をきちんと評価し、理解していることが大事です。その次に、比較する基礎となる分析データをしっかりと持っていることが重要になります。
今の日本では、欧州のように「製品のサプライチェーンにおける上流の関連情報」を全て把握していることが徐々に求められつつあると思っています。
ライフサイクル的には、「この製品って、どこで採られて、どうやって私の手に渡ってきているんだろう」や「私が使った後の製品をゴミとして出すこと、燃えるゴミに混ぜること、分別して出すこと。これらには、一体どういう意味があるのだろう」と、ほんの少しだけでも考えてくれると良いと思いますね。


東京大学先端科学技術研究センター 教授。工学博士。 昨今、持続可能な社会をどう実現していくか、というテーマにますます社会の耳目が集まるようになっている。環境負荷をいかにして地球1個分に収めていくか、様々な技術開発がなされていく中、ライフサイクルアセスメントを通じて未来技術を見極め、消費と生産パターンの変革を目指した研究を行っている。製造・輸送・回収・リサイクルの技術から、生産者や消費者への情報提供、社会制度の設計など多岐にわたるフレームワークづくりを行っている。 趣味はサイクリングと愛犬の散歩。学生時代には、キャンピング自転車で岐阜県大垣から島根県出雲までを走破。愛犬は長野県天然記念物の川上犬。