前編【プラント建設の未来を支える技術者たち #07】プラント材料の腐食・防食エキスパート
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海外におけるプラントの設計・調達・建設を事業の柱とする日揮グローバルでは、幅広い分野の技術エキスパートが事業の根幹を支えています。彼らの持つさまざまな専門技術は、プラント建設だけでなく、サステナブルな社会を実現するうえで欠かせないものです。そこでサステナビリティハブでは、チーフエンジニア*の方々に、専門技術や最新トピックなどを開設してもらうインタビュー記事を連載しています。
第7回となる今回のテーマは、金属、コンクリート、ポリ塩化ビニルや繊維強化プラスチックなどプラントに使われている様々な材料の腐食・防食技術。特に金属材料の“カソード防食”の分野で高い専門性を誇る津田崇弘チーフエキスパートにお話を伺いました。是非ご覧ください。(インタビュアー:サステナビリティハブ編集部)
*エキスパート制度は、日揮ホールディングス、日揮コーポレートソリューションズ、日揮グローバル、日揮が対象
**チーフエンジニアは、チーフエキスパートとリーディングエキスパートの総称

材料の腐食・防食とは?
――まず基本的なことからお伺いしたいのですが、津田さんのご専門である「材料の腐食・防食」とは、どのような分野なのでしょうか。
私たちの身の回りにある構造物や製品は、金属、コンクリート、プラスチック、ゴム、ガラスなど、さまざまな材料を組み合わせて造られています。これらの材料は、自然界に存在する物質や人工的に合成された物質を、温度や圧力を制御しながら、化学反応などを介して得られたものです。
こうした材料は、使用される環境の影響を受けて、より安定な化学状態へと変化しようとする性質を持っています。その結果として「腐食」「劣化」「分解」といった現象が生じるのですが、これらは材料の性能や寿命に大きく関わってきます。
私の専門は金属の腐食であり、特に金属材料が腐食する、言い換えれば「錆びる」現象を対象としています。金属の腐食は、構造物の安全性や経済性に大きな影響を与えるため、正確な理解と適切な対策が欠かせません。

――材料の変質のメカニズムを理解し、劣化を防ぐ方策を立てるということですね。プラント建設においては、この腐食・防食の技術はどのような場面でいかされているのでしょうか。
プラント建設においては、まずそのプラントが扱う流体の性状を明確にし、流体が配管・機器・タンクなどの設備内面にどのような腐食を引き起こすかを理解することが重要です。また設備外面についても、建設場所の環境も考慮すべき要素であり、沿岸部や洋上では塩害の影響も無視できません。これらの腐食性や環境条件に応じて、適切な材料選定や防食仕様を決定する際に、腐食・防食技術が活かされます。
――金属の腐食を防ぐためには、どのような方法がありますか。
腐食を防ぐことを防食と呼びますが、この方法は大きく分けて4つあります。
- 材料選定:
プラント内で扱う流体やプラント建設場所の腐食性に応じ、プラントの設計寿命を考慮して適切な材料を選定します。候補材料は炭素鋼、ステンレス鋼、銅合金やチタンなどの金属材料、ポリ塩化ビニル(PVC)や繊維強化プラスチック(FRP)などの非金属材料があり、多岐に渡ります。 - 構造設計:
構造面から防食を図ります。例えば、腐食性の流体が滞留・濃縮することで腐食が加速しないように液だまりを避ける構造とする(水平配管では傾斜を設ける)、異なる2種類の金属が接触することで腐食が加速する現象(異種金属接触腐食)を避けるよう絶縁処理をする、などがあります。 - 環境制御:
環境側を制御することで防食します。例えば、湿気が腐食原因の場合に乾燥剤を用いる、腐食性の流体に腐食抑制剤などの薬剤を添加する、などがあります。 - 表面防食:
Surface Protectionとも呼ばれ、以下の2通りの方法があります。- コーティング:
材料表面をペイントすることで材料と環境を遮断し防食します。ペンキ以外にも、溶融亜鉛めっきや、溶融したアルミニウム粒子を吹き付けて防食層を形成するアルミニウム溶射(TSA:Thermal Spray Aluminium)皮膜などもプラントに適用されています。 - カソード防食:
金属に弱い電流を流すことで、金属が腐食しない不活性な状態にすることで防食します。プラントにおいてはタンク内面、埋設配管などの土壌に接する設備、海洋構造物の没水部、コンクリート鉄筋などに適用されています。
- コーティング:
材料の腐食・防食のエンジニアの仕事とは?
――腐食・防食分野のエンジニアの方々の役割や業務内容、必要とされる知識・技術について教えてください。

腐食・防食エンジニアは、プラント建設において材料選定や防食仕様の決定を担う重要な役割を果たします。各種防食方法を理解したうえで、プロセス部門などの関連部署と連携しながら、詳細設計を進めていきます。さらに、施工(建設)段階では施工支援やトラブル対応などの業務にも関与します。
必要とされる知識・技術の範囲は非常に広く、一概に「これが必要」とは言い切れません。私自身は化学や電気化学の知識をベースに業務に取り組んでいますが、バックグラウンドは人それぞれ異なります。むしろ、「自分が一番だと思い込まない姿勢」が何より重要だと感じています。当社の業務はチームで進めることが多く、社内外には知識や経験が豊富な方々が多数いらっしゃいます。そうした方々と協力しながら、最適な判断を導くことを常に心がけています。
最新トピックス
――近年、脱炭素や再生可能エネルギーでさまざまな取り組みが進められていますが、材料の腐食・防食の観点からこの分野で新しいトピックがあれば教えてください。
近年、脱炭素や再生可能エネルギーの分野では多様な技術革新が進んでいますが、腐食・防食技術に関しては、長年にわたり多くの企業や研究機関が取り組んできたこともあり、基盤技術としてはすでに高い成熟度を誇っています。
しかしながら、新しい技術の導入に伴い、従来とは異なる温度・圧力・環境にさらされる機器や構造物が増えており、腐食に関する新たな課題が顕在化しています。その代表例が、CCS(CO₂の回収・貯留)技術における超臨界CO₂環境下での腐食問題です。この分野では、材料選定や腐食メカニズムの解明など、今まさに活発な研究が進められており、私自身も常に関心を持って注目しています。
腐食・防食技術は、これからの脱炭素社会を支えるインフラの信頼性確保に不可欠な要素であり、既存技術の応用だけでなく、新たな環境に適応した技術開発が求められている重要な分野だと考えています。
――CCS・超臨界CO2環境について、もう少し詳しく教えていただけますか。
CCS(Carbon Capture and Storage)は、火力発電所や製鉄所、セメント工場などから排出されるCO₂を回収し、地下深部に長期的に貯留することで、大気への排出を抑制する技術です。脱炭素社会の実現に向けて、世界中で導入が進められています。
この技術では、CO₂を高圧下で液化または超臨界状態(液体と気体の性質を併せ持つ状態)にして、地中に圧入・貯留します。ところが、この過程で微量成分の混入が避けられず、水分、さらには硫黄酸化物(SOx)や窒素酸化物(NOx)などの酸性成分が関与することで、腐食性の高い環境が形成する可能性があります。
このような環境では、従来の材料では耐久性が不十分となる可能性があり、どのような材料を選定すべきか、また防食技術をどう適用すべきかといった課題に対して、現在も活発な研究が進められています。

私自身、この研究を単なる学術的な探究にとどめるのではなく、実際のプラント建設や運用に活用できる実用技術として落とし込むことを目指して取り組んでいます。腐食・防食技術は、CCSの信頼性と安全性を支える重要な要素であり、今後ますますその役割が高まっていくと考えています。
まとめ
今回の記事では、「材料の腐食・防食」のチーフエンジニアに、専門技術や最新トピックスなどについて話を聞きました。インタビュー後編の次回記事では、ターニングポイントとなった出来事や、材料エンジニアの仕事のやりがい、プライベートの過ごし方などについてお伺いしました。是非ご覧ください。
