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建設現場運営のプロが明かす! 安全管理のポイントと施策

インタビュー 事例 企業×サステナビリティ 働き方
目次

建設現場における「安全管理」は、作業員の健康や安全を守るのはもちろんのこと、建設生産品質を守るうえでも、非常に重要な役割を担っています。今回は、国内建設大手の三井住友建設株式会社で安全環境生産管理本部長を務める北川義孝氏を取材し、建設現場における安全管理の課題や取り組み、今後の展望などを詳しくお伺いしました。(インタビュアー:サステナビリティハブ編集部)

実現したい「建設現場のあるべき姿」とは?

――初めに、御社の建設現場における安全管理の方針についてお伺いできますか。 

弊社は約10年前から「ゼロ災に基づくものづくり」を社長方針として掲げ、すべての建設現場に掲示しています。これは、弊社の社員だけなく現場で働く全ての関係者の、かけがえのない命と健康を守るためのものです。当初は、労働災害や怪我・職業性の疾病を主な対象として位置付けていましたが、4年前に新型コロナウイルスが流行してからは、新型コロナウイルス等の感染対策の観点も加わりました。コロナ禍を経て「関係者の命と暮らしを守ることが企業として最優先事項であること」をトップマネジメント全員が再認識し、より幅広い意味での安全衛生への取り組みが進みました。 

製造業では、一般的に「安全第一、品質第二、コスト第三」というスローガンが用いられていますが、弊社は“安全と品質は同一レベルで保証されるべきである”という観点から、「安全・品質第一」を打ち出しています。この根底にあるのが、「私たちのものづくりは、事業主やエンドユーザーの方々に満足していただけるものをきちんとつくり上げることで完結する」という信念です。この「安全・品質第一」の企業文化は、関係会社を含めた三井住友建設グループ全体にしっかりと浸透しています。 


――御社の考える「建設現場のあるべき姿」とは、どのようなものでしょうか。 

「安全・安心にものづくりができる環境」がしっかりと整備されている状態、それが“建設現場のあるべき姿”だと考えます。特に労働力人口が急速に減少している今、いかに私たちのものづくりのノウハウやナレッジを継承していくかが、非常に大事なポイントになってきています。顧客の満足や信頼を得るためには「品質」が重要ですが、現場で働く技術者と技能者の「安全と健康」があってこそ、高品質なものづくりが可能になるからです。 

加えて、現在まさに取り組みを進めている最中ですが、DXやSXといった新たな技術を活用して生産性を向上させ、サステナブルな社会の実現に貢献することが理想です。 

建設現場の現状と課題

――現在、建設現場ではどのようなことが課題になっていますか。 

1つ目は、法令や社内ルールの理解不足に起因する、不安全行動や不安全設備の発生や見逃しです。統計*によると労働災害の95%は「不安全な設備があり、そこで不安全な行動をしたときに起きる」といわれています。例えば、法令で定められている手すりの高さが85㎝ということを知らずに80㎝にしてしまうと不安全な設備になります。さらに、その場所で安全帯を使用せずに身を乗り出す等の不安全行動をしてしまうと、高確率で災害につながってしまいます。 
 *厚生労働省「労働災害原因要素の分析」(平成22年)より 

2つ目は、作業計画・作業手順の検討不足や施工時の齟齬に起因する災害の誘発です。作業計画や作業手順が検討不足だったり、計画はきちんとしていても実際に施工する際に計画と現場の状態の不整合を見過ごしたりすると、災害を誘発してしまいます。例えば、大きな重機を使う際には誘導者をつけて、そのエリアに誰も立ち入らないようにする必要があります。ところが当日、誘導者が欠勤したことに気づかず作業を進めてしまった場合、作業員が危険エリアに立ち入り怪我をする事態になりかねません。このように、計画と実作業時の不整合をきちんと確認することは、極めて重要なポイントになります。 

3つ目は、ヒューマンエラーに起因する不安全行動や近道行為です。開口部をまたいで通る、重機を止めずに小走りで前を横切るといった不安全行動や、安全通路を通らずにショートカットする、といった近道行為などのヒューマンエラーによって災害が発生するケースが、近年は特に増加しているように感じます。災害は、4M*の中の複数の要因が絡んでいることが多いのが特徴で、単にヒューマンエラーを防止するだけでは解決できないということが明らかになってきています。 
 *4M:Man(人)、Machine(機械)、Material(材料)、Method(方法)のこと。製造業等で品質管理を正確に行うための4要素 

建設現場でおこなっている安全管理の施策と効果 

――次に、先ほど挙げていただいた課題に対し、どのような安全管理の施策をおこなっているのかお聞かせいただけますか。 

弊社では「安全・健康・快適な職場」を実現するために、毎年4月に全社統一で「安全衛生管理計画」を策定します。これをベースとし、建設現場における具体的な安全衛生管理の施策へと落とし込んでいきます。今回は、その中から代表的なものをご紹介します。 

施策1:コーチングを取り入れた社員教育・OJT 

労働安全衛生に関する法令や社内ルールの遵守を実現するため、コーチングを取り入れた社員教育やOJTをおこなっています。これまでは、講習会や技能グレード別の講義といったティーチングがメインでしたが、近年新たに、技術者・技能者の経験や能力に応じたコーチングも取り入れました。一方的に教え込むだけでなく、個別に課題を与えそれに対するフィードバックをおこなうことで、受講者側の安全衛生に対する理解や意識も高めていくねらいがあります。 

施策2:安全施工サイクルによる作業の安全性向上 

朝礼の様子同社の現場では、毎日朝礼をおこない、作業内容や連絡事項を共有している

計画を実行に移すと、現場の状況によって必ず何らかの矛盾や改善点が出てきます。そのため、実際の施工プロセスの中でPDCAを繰り返し、現場の状況を実行計画に反映させながら、より安全で高品質なものをつくり出していくことが欠かせません。このPDCAを現場で確実に実施するための核となるのが「安全施工サイクル」(朝礼→TBM*・KYK**→現場パトロール→作業等の打合せ)です。このサイクルを繰り返す中で、作業手順の周知、リスクの先取り、作業間の連絡調整、設備の不備に対する是正改善などを確実におこない、トラブルを未然に防ぎ、安全性の向上につなげています。 
 *TBM: Tool Box Meeting の頭文字をとったもので、作業前におこなうミーティングを指す 
 **KYK: 危険予知活動 

建設現場でのものづくりは一社だけでおこなうのではなく、元請と一次下請、二次下請という形で重層化し、かかわる会社の数も作業員の数も多いのが特徴です。そのため、安全に作業を行うためには、関係者間における作業手順やリスクの周知、連絡調整、現場パトロールで発見された不備の周知や改善が極めて重要なのです。 

施策3:「安全ひと声」「指差呼称」によるヒューマンエラーの防止 

現場の様子現場での「指差呼称」の様子

現在、弊社が最も力を入れているのが「安全ひと声」と「指差呼称(しさこしょう)」の徹底によるヒューマンエラーの防止です。「安全ひと声」とは、誰かが不安全行動をしていた時に声をかけること、そして「指差呼称」とは、指差ししながら「段差ヨシ!」「足元ヨシ!」のように声を出して確認することです。 

こうした声掛け・声出しをすることで、ヒューマンエラーが6分の1になるという統計データ*があります。そこで、普段から率先して声出しをする環境をつくるため、2023年1月からは「安全ひと声」と「指差呼称」を通年で展開しています。
 *鉄道総合技術研究所「指差し呼称の効果測定実験結果」(平成6年)より 

施策4:ICTやAIを利用した安全管理業務の効率化・高度化 

ICTやAIといったDX技術を活用し、安全管理業務の効率化・高度化も進めています。 

そのひとつが、現場の技術者や職長が使用するデジタルデバイスへのチャットアプリの導入です。例えば現場で不具合を発見した際、アプリ導入前は事務所に戻ってから打合せ等で情報共有をしていたので、確認対応までにタイムラグがありました。導入後は不具合等の写真を撮って即時に情報を共有することで、対応も迅速におこなわれるようになりました。現場の中核を担っていくZ世代はSNSを介したコミュニケーションに長けているので、今後の安全管理や品質管理にも積極的に活かしていきたいですね。 

現場で使うデジタルデバイスを手に、チャットツールの説明をする北川本部長

2021年からはDXツール「安全・注意喚起AI」を導入し、朝礼時におこなうKYKで活用しています。これは、タブレットやスマートフォンで過去のトラブル事例をクラウド上のデータベースから検索できるようにしたもので、作業内容や職種などを入力すると、過去の災害事例とヒヤリハット事例がいくつか表示されます。これまで災害を減らす努力を続けてきた結果、怪我やトラブル、災害などを経験した人が極めて少なくなっており、危険予知ができない技術者や技能者が増えてきているのが現状です。そこで、過去の事例から学ぶ必要性を強く感じ、このツールの開発・導入に至りました。

建設現場における安全文化の向上のため、トライアル期間を経て2023年11月からコミュニケーションアプリ「アザス」の導入も開始しました。監督者と現場作業者との間のコミュニケーションの質を高めながら、現場作業者の安全意識を向上できると期待しています。 


――ご紹介いただいた様々な施策によって、どのような効果が見られましたか。 

コーチング手法を取り入れた社員教育は、受講生の安全に対する理解を深めるだけでなく、モチベーションや自律性を高めることにもつながっており、大きな手ごたえを感じています。「安全ひと声・指差呼称」の徹底によって現場の安全意識が高まり、チャットツールを活用したコミュニケーションにより、危険箇所の見える化や勘違いなどによるヒューマンエラー防止に一定の効果が出ていると思います。またAI活用は、業務負荷の低減にもつながっています。 

今後の展望 

――今後、建設現場をどのようにしていきたいですか。展望を教えてください。 

建設業界は、今後ますます経験の少ない技術者・技能者が増えてくることが予想されます。そのため、経験が浅くても安全・安心にものづくりができる仕組みや、これまで蓄積したノウハウをしっかりと継承できる仕組みをつくっていくことが大切です。 

例えば、現場で分からないことがあった時にすぐにその場で相談できる、AIチャットボットのヘルプデスクのようなシステムを設置していくことが急がれます。また、既存の「安全・注意喚起AI」をブラッシュアップするとともに、衛生管理や品質管理の分野においてもAI技術を活用した仕組みを整え、現場業務全体に適用していくことも考えています。 

現在、弊社事業の約1/3を占める海外事業が今後も拡大していく中で、ダイバーシティ&インクルージョンの取り組みもさらに加速していく必要があります。旧来の価値観にとらわれない新しい人材を登用し、事業の幅を広げ、新たな展開を生み出していくことが今後の成長の鍵になると考えています。近年は女性の技術者も増えてきており、現場で働く技術者の2~3割は女性です。カンボジアやミャンマーなどの外国籍のエンジニアも積極的に採用しており、中途採用もごく一般的になってきました。 

これまでは、後から入ってきたメンバーが企業文化を理解し適応していくというスタイルでしたが、今後は、次世代、多国籍、転職者の考え方も柔軟に取り入れながら、企業文化や安全文化をともに作り上げていく時代になってくると思います。安全・安心にものづくりができる環境をきちんと整備することで、新たな担い手に「建設業界に携わりたい」という気持ちを抱かせるような魅力のある会社、魅力のある業界にしていきたいと考えています。ご安全に! 

サステナビリティハブ編集部
サステナビリティハブ編集部

サステナビリティに関する情報を、日本から世界に発信していきます。

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